2016年10月4日火曜日

なぜヒラリーは嫌われるのか(1):生身の自分を人々にみせないこと、自分の弱みを見せないこと

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yahooニュース 2016年10月4日 13時34分配信 中岡望  | 東洋英和女学院大学教授 ジャーナリスト
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakaokanozomu/20161004-00062875/

なぜクリントン候補は嫌われるのか(Part 1)

■なぜクリントン候補は苦戦しているのか

今回の選挙の大きな疑問は、「なぜヒラリー・クリントン候補の人気が盛り上がらないのか」ということである。
“初の女性大統領”が誕生するかもしれないというのに、女性の間にも熱狂的な盛り上がりは感じられない。
一時、クリントン候補の地滑り的な勝利が予想されたが、選挙戦終盤になってドナルド・トランプ候補の追い上げにあい、もたついている。
2008年の大統領選挙では熱狂的なオバマ候補支持が見られたが、今回はまったく様相が違う。
アメリカの著名なコラムニストのエリザベス・ドリュー氏は
 「おそらく世界中の人々は、ヒラリー・クリントンは競争相手であるドナルド・トランプよりもアメリカの大統領になる準備ための準備をし、大統領にふさわしい人物であるにもかかわらず、なぜ苦戦しているのか不思議に思っているだろう」
と書いている。
オバマ・ブームを支えたオバマ連合(Obama coalition)は跡形もなく消えている。
オバマ連合とは、大統領選挙でオバマ候補を熱狂的に支持した女性、ラテン系アメリカ人、アフリカ系アメリカ人、ミレニアム世代と呼ばれる若者のことである。
今回の選挙で目立っているのは、逆に“ヒラリー嫌い”である。
また共和党支持者や保守主義者は長年抱いてきた“反ヒラリー”の嫌悪感をさらに強めている。
“ヒラリー嫌い”は今に始まったものではない。
夫ビル・クリントンが大統領になり、ファーストレディーとして活躍していたころから、“ヒラリー嫌い”の声は聞かれた。
その後、上院議員、国務長官を経て、大統領候補になったが、その間、ずっとヒラリーを熱狂的に支持する人と同じくらい「ヒラリーは嫌だ」と公然と語る人がいた。
なぜヒラリー・クリントンは嫌われるのか。
彼女の何が問題なのだろうか。

今回の大統領選挙は従来とはやや趣を異にする。
それはクリントン候補とトランプ候補のいずれもが“最も人気のない候補者”であるということだ。
ワシントン・ポスト紙とABC放送の共同調査(2016年8月31日)によれば、
 「クリントン候補が好ましくない」と答えた比率は56%と、「好ましい」という回答の41%を大きく上回っている。
他方、トランプ候補の「好ましくない」という比率は63%、「好ましい」という回答は35%であった。
 同調査を報じたワシントン・ポスト紙は「ヒラリー・クリントン嫌いのアメリカ人の数は過去最高」という見出しを付けている。
 クリントン候補の好感度は2013年の67%をピークに確実に低下傾向にある。

■筆者のクリントン候補の印象は極めて良好

筆者のヒラリー・クリントンに対する個人的な印象を述べるところから話を始めよう。
ヒラリー・クリントンは2009年2月末に国務長官に就任後の最初の公式訪問国として日本を選んだ。
クリントン国務長官の来日が決まった後、アメリカ大使館から筆者に電話があった。
「日本滞在中、クリントン国務長官の直接取材してくれないか」
という内容であった。
条件は、記事を最初に筆者のブログに書くことであった。
筆者はブログにも書くが、雑誌にも寄稿しても良いかと質問した。
「ブログに書いた後なら雑誌に寄稿しても構わない」
との返事であった。
クリントン国務長官とのインタビューを記事をブログにアップし、同時に『週刊東洋経済』(2009年2月28日号)に「単独インタビュー:ヒラリー・クリントン国務長官―保護主義の動き阻止へ、最優先は世界経済回復」と題する記事を寄稿した。
その時の彼女に対する印象を以下で書いてみる。

結論から言えば、直接会って得た印象は極めて良好であった。
正直、なぜ彼女が嫌われるのか理解に苦しんでいる。
クリントン国務長官は2月16日に来日し、18日に次の訪問国のフィリピンに向かった。
東京では2泊3日の滞在であった。ク
リントン国務長官が日本に到着したのは16日の夜。
アメリカ大使館から大使館のスタッフと一緒にバスに同乗して羽田空港に向かった。
記憶では、クリントン国務長官一行を乗せた飛行機が羽田空港に着いたのは夜の9時を過ぎていたのではないかと思う。
筆者はジャーナリストや大使館のスタッフと一緒に滑走路で専用機の到着を待った。
猛烈に寒い風が吹き、体が震えるのを止めることができなかた。
専用機が到着し、クリントン国務長官はタラップから降りてきた。
タラップから降りた国務長官は随行員と一緒に羽田空港の一隅にある迎賓館に向かった。
羽田空港に、こうした迎賓館があることはまったく知らなかった。
大きくはないが、平屋の建物で、内装は豪華であった。
迎賓館に着くと、最初に記者会見が行われた。

クリントン国務長官は挨拶の中で
「日本はアメリカのアジア政策の要石(cornerstone)である」
と語った。
日本の多くのメディアは、クリントン国務長官が最初の公式訪問国に日本を選んだこと、到着後の挨拶で日本を「要石」と呼んだことを受けて、オバマ政権は“日本重視政策”を取っていると報じた。
蛇足だが、こうしたメディアの報道の仕方にいつも疑問を抱いている。
クリントン国務長官の来日は、日本、フィリピン、韓国、中国歴訪の一環であり、アジアの入り口に位置する日本に最初に来たに過ぎない。
日本に最初に来たことに外交的配慮がなかったとは言わないが、過剰に評価すべきものでもない。
迎賓館での歓迎式典が終わると、国務長官一行は宿泊地のホテルオークラに向かった。
筆者はホワイトハウスから同行した記者団と一緒に行動を取るように指示され、バスで都心に戻った。

17日の早朝、クリントン国務長官は明治神宮を参拝した。
筆者も明治神宮に行くように指示され、早朝、肌を刺すような寒さに体を震わせながら、長官の到着を待った。
まだ早朝ということで、一般の人の姿はなく、メディアの取材陣が陣取っていた。
その後、時系列的には明確な記憶はないが、筆者が参加したのは東京大学での学生との討論会、アメリカ大使館内での大使館スタッフに向けた演説、外務省板倉公館での外務大臣との共同記者会見などである。
大使館でのスピーチでは、クリントン長官は大使館の職員の労をねぎらい、自身の外交政策の考え方について語った。
記憶に残っているのは、
「外交政策はハード・パワーだけではだめであり、またソフト・パワーでも十分ではない。
必要なのはスマート・パワーである」
と語った一節である。
東京大学での学生との討論会も極めて率直かつ丁寧に学生の質問に答えていたのが印象的であった。
この間、筆者はずっとホワイトハウス詰め記者とバスでクリントン長官の後を追った。
2日目のお昼過ぎ、大使館員から「クリントン国務長官との単独インタビューの時間が取れそうだ」との連絡が入った。
午後8時ころにホテルオークラのロビーで待機するように指示された。
インタビューの準備をし、待機していたが、なかなか連絡はこなかった。
11時を過ぎたころ、大使館員から「今夜は無理そうだ」との連絡が入った。
後日知った事だが、クリントン国務長官と小沢一郎衆議院議員(当時、アメリカでは最も政治力のある政治家と見られていた)との会談が急遽開かれたために、予定が狂ったとのことだった。
大使館員から
「明日の朝8時にホテル大倉に来て、待機するように」
との指示を受けた。
お昼過ぎに離日する予定で、その前にインタビューの時間を取るとのことであった。
早朝、ホテルオークラに向かい、大使館員の指示を待った。
「長官の時間が取れました」
との連絡が入ったのは、10時を回っていたと思う。
「離日の準備があるので、インタビューは30分程度で終わってください」と
言われ、クリントン長官の宿泊する階に向かった。

クリントン長官と筆者は同じ1947年生まれの同じ歳である。長官の身長は170センチで、これも筆者とほぼ同じである。
向かい合って立つと、ちょうど目の位置になる。真正面から見た顔はやや赤ら顔でチャーミングであった。
これは今から7年前のことであるが、同世代の女性よりもはるかに魅力的に見えた。
ただ、最近の写真などを見ると、自分と同様に歳を取ったと感じる。
最初に握手をし、簡単な挨拶を交わして、インタビューに入った。
穏やかな表情で、時々見せる笑顔は魅力的であった。
知的な雰囲気を感じた。
今までアメリカの政府高官と何度も会い、インタビューをしてきたが、その中で一番リラックスできる相手であった。
質問に対する答えも極めて簡潔で、頭のなかで十分に整理できている印象であった。
インタビューをテープで取り、発言を聞き取り、発言をそのまま記事にできるほど、簡潔でポイントを射た答え方であった。
インタビューが終わった後、大使館員から「一緒に写真を撮りましょうか」との申し出があり、喜んでお願いした。
大使館員から出発の時間が迫っているのでとせかされ、インタビューを終えたが、長官から意外な言葉が出てきた。「ワシントンに来たら寄ってください」。
もちろん社交辞令であることは分かっているが、ドライなアメリカ人からこうした言葉を聞くのは初めてであった。
筆者のヒラリー・クリントンの印象は、世間で言われているほど、“冷たい”とか“傲慢”であるとか、あるいは“インテリぶっている”というものではなかった。

ドリュー氏は
「多くの人はヒラリーを“知ったかぶり(know-it-all)”で、男子学生をへこます“超聡明な少女(super-smart girl)”だとみている。
彼女は女性差別に遭遇している」
と書いている。
またドリュー氏は
「ある民主党の州知事が最近『彼女はもっと微笑んだほうが良い』と語った」
というエピソードを紹介している。
彼女はずっとキャリアを求め続けてきた。
筆者は彼女の笑顔を今でも覚えている。
だが、直接、会う機会のない国民や有権者は違った印象を持っているようだ。
オバマ候補を争った2008年の民主党の大統領予備選挙の時、次のようなエピソードを聞いたことがある。
オバマ候補の演説会は熱気であふれていた。
若い聴衆は「Yes, we can!」と熱狂的に叫んで、オバマ候補を支持した。
だが、クリントン候補の演説会は静かで、演説は充実した内容であるが、退屈で、多くの聴衆は居眠りをしていたというものだ。
これにはやや誇張があるが、クリントン候補は聴衆を扇動し、盛り上げるという意味では優れた政治家とはいえないのは事実である。
2008年の民主党大統領予備選挙も僅差でオバマ候補に負けた。予備選挙が始まったころは、クリントン候補の圧勝が予想された。
今回も春先にはクリントン候補は共和党候補を圧倒すると予想され、相手がトランプ候補なら地滑り的勝利もありうると見られていた。
だが、選挙戦終盤で、クリントン候補は苦戦を強いられている。
2008年のオバマ候補の熱狂を呼ぶ演説、今回のトランプ候補の聴衆を楽しませるパフォーマンスが支持者を増やしている。
今回の大統領選挙でも、熱狂的な雰囲気がクリントン候補を包み込む光景は見られない。
その背後には選挙運動そのものよりも、
クリントン候補の個性や多くのアメリカ人が抱くクリントン像、あるいは“ヒラリー嫌い”の現象があるようだ。

■公開討論会の勝敗と、その後の“好感度”調査

民主党のクリントン候補と共和党のトランプ候補の第一回の公開討論会が終わった。
討論会終了後の多くの世論調査ではクリントン候補が勝利したという結果が出た。
まず表題の問題を分析する前に、2016年10月1日に発表されたギャラップ社の世論調査(『After Debate, Record Number Paying Attention to Campaign』)の結果を見てみよう。
調査では、討論ではクリントン候補が勝利したという結果が出ていた。
だが、クリントン勝利にもかかわらず、ギャラップ調査は「今までのところ討論が二人の候補者のイメージに与えた影響はわずかである」と結論つけている。
好感度調査(favorable rating)では、討論会直前の9月19日から25日に行われた調査では、クリントン候補に好感を抱くという回答は41%で、トランプ候補に好感を抱いているは32%であった。
討論後の27日から29日に行われた好感度調査では、クリントン候補が41%と変わらなかったのに対して、トランプ候補の好感度は35%と増えている。
公開討論では圧倒的にクリントン候補が勝利したとみる有権者が多かったにもかかわらず、好感度調査は逆の結果が出ている。

同調査は
「過去の例を見ると、討論会で圧倒的な勝利を収めた候補者がイメージや支持を高めなかったということは異例なことではない」
と指摘する。
討論会での勝者が選挙で負けた例としては、
1984年の大統領選挙での民主党のウォールター・モンデール候補(相手は2期目を目指すレーガン大統領)、
1992年の大統領選挙での無党派のロス・ペロー候補(対抗馬は2期目を目指すブッシュ大統領と民主党のビル・クリントン候補で、当選したのはクリントン候補)、
2004年の大統領選挙での民主党のジョン・ケリー候補(対抗馬は現職のブッシュ大統領)
などがある。
討論の印象として、クリントン候補は「良く準備している」「大統領らしく見えた」と好意的な評価があると同時に、「電子メール問題」で嘘をついているという指摘もみられた。
他方、トランプ候補は「粗野である」との印象を与えている。
まだ討論会は2度ある。10月9日の討論会はタウン・ホール形式で行われ、会場から直接候補者に質問ができる。
これは最初の討論会と違った印象を与える可能性がある。
ただ支持率に関していえば、多くの調査でクリントン候補がトランプ候補をリードしているという結果がでている。

■“ヒラリー嫌い”の源流を探る

クリントン政権時代にファーストレディーに仕えたスタッフはテレビ番組に出演して
「ヒラリー・クリントンの人気は1990年代半ばから低下している」
と語っている(『ウォール・ストリート・ジャーナル』2014年3月2日の「Clinton White House Shaped First Lady’s Image」)。
クリントン候補の元スタッフによると、クリントン政権は意識的にヒラリーを“ファーストレディー”であると同時に“有力な政治アドバイザー”であるというイメージを作り上げようとしたという。
事実、クリントン政権が発足すると同時にヒラリーは医療保険制度改革プロジェクトの責任者に就任する。
ホワイトハウスは
「ヒラリー・クリントンを国民にアピールし、法案成立のため議会に対して説得力のある存在にしよう」
とした。
ヒラリー主導の医療保険制度改革は共和党や保守派の抵抗に合い、頓挫する。
オバマ政権での医療保険制度改革に際にも見られたが、保守派は政府が医療保険制度に関与することを忌避する傾向が強い。
ヒラリーの医療保険制度改革は保守派に強烈なマイナスイメージを与えた。
また、夫の支援を得てあたかもクリントン政権の閣僚のごとく振る舞う姿も保守派は拒否反応を示した。
ちなみにヒラリーは医療保険制度改革が失敗した後、直接政策に関わることを避けるようになっていく。

ヒラリーは伝統的なファーストレディーとはまったく違った存在と役割を果たそうとした。
アメリカの政治的伝統では、ファーストレディーは政治の前面に出るべき存在ではない。
過去に最も大きな影響力を持ったファーストレディーはエレノア・ルーズベルトである(フランクリン・ルーズベルト大統領の妻)。
彼女はルーズベルト大統領の政策に間接的に大きな影響を与えた。
ルーズベルト夫婦は政策について一緒に議論をすることもあった。
だが、ヒラリーと決定的に違うのは具体的に政策に関わることはしなかったことだ。
病弱な夫に代わって全国を遊説して政権への支持を訴え、積極的に福祉活動に携わって、政権を側面援助した。
ちなみにエレノアはルーズベルト大統領に日系アメリカ人の強制キャンプ収容を中止するように求めているが、大統領はそのアドバイスを受け入れなかった。
ファーストレディーは一歩下がって陰で夫を助けるというのが“理想的なファーストレディー”像である。
歴代大統領のファーストレディーはいずれも良妻賢母役を見事に演じている。
たとえばオバマ大統領の妻ミシェルは家庭を守り、子供を育てることを優先し、政策に関わることは言うまでもなく、目立った社会活動も行っていない。
保守的派の人々にとって、目立ちがりやのヒラリーは鼻持ちならない存在であった。
また彼らが忌み嫌うヒッピー文化を代表する人物であった。
一部のヒラリー支持のフェミニストを除けば、多くのリベラル派や一般人もヒラリーに対して同様なイメージを抱いていた。
それが“ヒラリー嫌い”の発端である。

ヒラリーは女性差別解消を訴える代表的な人物になる。
その象徴的な出来事が、1995年に北京で開催された第4回世界女性会議へ出席して、「女性の権利は人権である」という有名な演説を行ったことだ。
それ以降、女性人権問題の指導者と目され、“ガラスの天井”を打ち破る女性として期待された。
ファーストレディーの役が終わると同時にニューヨーク州の上院議員選挙に立候補して、当選したことも保守派の人にとって鼻持ちならないことだった。
リベラル派の人々も、常に権力に寄り添うヒラリーを積極的に支持したわけではなかった。
ヒラリーは、多くのアメリカ人にとって、ドリュー氏のいう「知ったかぶりの超賢い女の子」であり、特別な存在であった。

2008年の民主党の大統領予備選挙でクリントン候補の圧勝が予想された。
あるジャーナリストが次のような趣旨のことを書いている。
「彼女は政治分野では最も有能だろう。
ほとんどすべての人が、彼女は2008年の大統領選挙で勝利し、ブッシュ大統領がもたらしたダメージを回復する最大のチャンスを持っていることに異論を挟まないだろう。
また彼女の傍には有能な選挙運動家のビル・クリントンがいる。
しかし、アメリカ人はヒラリー(とビル)がホワイトハウスに帰ってくるということを本当に心配している。
多くの人は、彼女は選挙で勝つためには何でもするし、完全に安全だと思われない限り、自分の立場を明らかにしない」。
要するにクリントン候補は権力志向が強く、“日和見的”な人物であるというわけだ。

ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニストのデビッド・ブルークス氏は次のように指摘している(同紙2016年5月24日、「Why Is Clinton Disliked?」)。
「幼児教育の問題から上院議員まで、彼女は疲れることなく仕事を追求してきた。
そのことが彼女の不人気を説明しているわけではないが、問題はそのやり方だ」。
クリントン候補は“仕事人間”で、何の趣味もない面白みのない人物であると指摘する。
さらに続けて、
「彼女と一緒に働いた人は彼女を称賛し、彼女は暖かく思いやりのある人物だと言う。
しかし、外部から見れば、彼女の人間的な側面は見えてこない。
クリントン候補のプロモーションビデオには「Fighter(戦う人)」というタイトルが付けられ、ビデオで見られる姿は完璧だが、それは「あまり人間的ではなく、企業広告のアバターのように無表情に見える」と指摘している。
そして、ブルークス氏は次のように結論づける。
「いかに成功を遂げた人でも、単に仕事人間ではなく、
本当の人間になるには自分を曝け出せる聖域が必要である。
そうした自分の聖域を見せてくれない候補者は信頼できない」。
要するに、
クリントン候補の問題は、仕事人間ではなく、生身の自分を人々にみせないこと、自分の弱みを見せないことにあり、暖かい指導者ではなく、冷徹な指導者のイメージを与えていることだ。
ビル・クリントン大統領が愚かな行為を繰り返しても愛される指導者であった。
ロナルド・レーガン大統領は決して聡明な大統領とはいえなかったが、極めて人間的な大統領であった。
その人間性から最も愛された大統領の一人であり、優れた指導者として今でも尊敬されている。
ヒラリー・クリントンには、そうした人間性が見えてこないのである。

ただ、クリントン候補が国務長官時代の回顧録『困難な選択』(日本経済新聞刊)を書いているが、そこでは海外の指導者との軽妙なやり取りや詳細な観察、また最後の章では母親に対する思いを綴っている。
それを読む限り、クリントン候補がいかにユーモアに富み、人間性があるかが伺われる。
外交の舞台裏だけでなく、クリントン候補の人柄を知る上でも、同書は最高の資料になっている。

■クリントン候補を苦しめる“信頼性”の問題

アメリカの保守派の人々とリベラル派の人々の間には越えがたい壁が存在する。
それは理屈を超えた感情的なものである。
保守派の人々は、理由はどうあれオバマ大統領やクリントン候補の攻撃を続けている。
保守派のメディアもネガティブ・キャンペーンの旗振りをする。
たとえば、保守派の人々は、オバマ大統領はアメリカ生まれでないため、大統領になる資格はないと執拗に主張し続けている。
それは明らかに虚偽の主張である。
トランプ候補もそうした主張に同調していた。
最近になってやっと自分の誤りを認めている。
同様に「ヒラリーは信用できない」という執拗なネガティブ・キャンペーンがクリントン候補にも加えられている。
最初は笑って済ませることができたが、ボディーのように効き始めている。
8月17日にクイニピアック大学が興味深い世論調査を発表した。
同調査では回答者の61%がヒラリー・クリントン候補は「正直でなく、信頼できない」と答えている。
同調査は、ヒラリー・クリントンという名前を聞いて最初に思い浮かぶ3つの単語を示すように回答者に求めている。
その3つの単語とは
「嘘つき(liar)」
「不正直(dishonest)」
「信頼できない(untrustworthy)」
であった。
こうした調査結果は、同調査に留まるものではなく、他の調査でも多くの人がクリントン候補を
「不正直」
「信頼できない」
と見ている結果がでている。
指導者に問われる最大の資質は“信頼性”である。
多くの人がクリントン候補を不正直とみていることは、大統領選挙に少なからず影響を及ぼす懸念があるし、当選して大統領に就任してもクリントン候補を悩ませることになるだろう。

では、具体的に何が問題なのだろうか。
本当にクリントン候補は嘘つきで、不正直、信頼に値しない人物なのだろうか。
クリントン政権で労働長官を務め、クリントン候補と親しいロバート・ライシュ・カリフォルニア大学教授は、
「この25年間にわたって常に彼女に対する非難、嫌味、調査が行われてきた。だがヒラリー・クリントンが違法行為をしたという証拠はまったくない」(「What Explains the Underlying Distrust of Hillary Clinton?」Alternet、2016年7月)
と語っている。
この25年間に何があったのか。
ライシュ教授は、
ヒラリー・クリントン候補が弁護士として土地開発に関わり、不正に利益を得たといわれる「ホワイトウォーター事件」、
ホワイトハウスの旅行担当者をミスとしたとして解任し、ヒラリーの友人に業務を移管した「トラベルゲート事件」、
繰り返されたクリントン大統領の不倫問題に対する態度、
ヒラリーの同僚で友人だったヴィンス・フォスターの自殺
など様々な事件に関わり、隠蔽工作をしたと批判されたことなど枚挙にいとまはない。
ライシュ教授はさらに続けて、
「大人になって絶え間なく厳しい攻撃にさらされた人が、スキャンダルや陰謀理論を生み出しかねないような調査に発展するかもしれない小さな間違いや過失を明らかにするのを躊躇するのは理解できることだ」
と、クリントン候補が一般の人やメディアに対して身構える姿勢を取る状況を説明している。
また、そうした彼女の防御姿勢が逆に人々の不信感を強めるという悪循環になっているとも指摘している。

現在の大統領選挙で問われている「信頼問題」は、個人アドレスを使って公務を行ったことだ。
保守派の人々は、それによって機密文書が漏洩した可能性があると批判している。
国務省やFBIが調査を行ったが、国務省はクリントン候補を訴追しないと決定している。
保守派の人々は、それはオバマ政権がクリントン候補を特別扱いしているものだと批判を加えている。
トランプ候補との第一回の公開討論会で、トランプ候補は電子メール問題に触れ、クリントン候補にすべてのメールを開示するように迫った。クリントン候補は公務に個人メールを使ったことは過ちであったと認め、謝罪している。
しかし保守派の批判は収まる気配がない。
ベンガジ事件もクリントン候補に対する攻撃材料になっている。
これは2012年9月11日にリビアのベンガジにある米国総領事館がテロの攻撃を受け、総領事などが殺害された事件である。
当時国務長官であったクリントン候補が総領事館のテロ攻撃を事前に知っていたにもかかわらず十分な対応を取らなかったと批判されている。
議会で調査も行われている。

もうひとつ、クリントン・ファンデーション問題がある。
同ファンデーションは1997年に設立されている。
設立趣旨は
「世界の健康と福祉を改善し、
少女や女性の人生の機会を高め、
子供の肥満を減らし、
経済的な機会と成長を創出し、
コミュニティの気候変動への取組みを支援するために、
私たちは企業と政府、NGO、それに個人を招集する」
ことである。
同ファンデーションは海外から巨額の寄付を受けているといわれている(詳細は明らかにされていない)。
中には独裁的な政府や不正に関連する企業も含まれているといわれ、クリントン候補は国務長官時代に同ファンデーションのために便宜を図ったのではないかと疑われている。
ライシュ教授が指摘するように、いずれも不正行為が明らかになっているわけではない。
クリントンを批判する保守派の評論家ピーター・シュヴァイツアーは著書『クリントン・キャッシュ』でクリントン・ファンデーションを使った錬金術を詳細に描いているが、
最後に「これらのことに確実な証拠があるわけではない」
と自ら書いている。
クリントン攻撃はかなり意図的かつ繰り返し行われている。
その主張の真偽は別にして、メディアが絶え間なく報道することでクリントン候補に対する国民の不信感が強まっていることは間違いない。

ヒラリー・クリントン候補が嫌われる理由の「Part 2」では、以下のポイントをそれぞれ分析する予定である。
■なぜ女性がヒラリー・クリントン候補を支持しないのか
■なぜミレニアム世代はヒラリー・クリントン候補から離反するのか
■オバマ連合は回復するのか



Yahooニュース 2016年10月17日 22時49分配信 中岡望  | 東洋英和女学院大学教授 ジャーナリスト
http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakaokanozomu/20161017-00063370/

なぜヒラリー・クリントンは嫌われるのか、その真相を探る(Part 2)

■見えにくいヒラリー・クリントンの“本当の姿”

  おそらくヒラリー・クリントンは最も誤解され、最も多くの批判を受けている政治家の一人であろう。
 人の本当の姿は外部の人間には見えにくい。
 その分だけイメージが先行することになる。
 クリントンを理解するには、自伝を読んでみると良い。
 まず『リビング・ヒストリー:ヒラリー・ロダム・クリントン自伝』は自分の生涯を振り返った本で、彼女の育ってきたプロセスを知る上で役に立つ(翻訳はハヤカワ文庫に収録)。
 もう1冊は『困難な選択』(日本経済新聞刊)である。
 これは国務長官時代の回顧録で、ヒラリーが外交で実際に経験したことを書いたものである。
 さらに自らの政治信条も綴られている。
 そこではヒラリーがいかにユーモアに富み、外国の指導者を鋭い観察力で分析しているかが生き生きと語られている。
 筆者は、この本の書評を『週刊東洋経済』(2015年6月)に書いているので、以下に引用してみる。

《書評の引用》

「米大統領選挙は、民主、共和両党の候補者を決める予備選挙に向けての選挙活動が加速している。
共和党はまだ有力候補者が正式に名乗りを上げていないが、民主党はヒラリー・クリントン前国務長官が世論調査では圧倒的なリードを保っている。
よほどの波乱がない限り、クリントン氏が民主党の大統領候補になる可能性が強い。
そうした雰囲気の中で問われているのが、クリントン氏の大統領としての資質である。
本著は、彼女の能力を評価する最適な本である。
クリントン前国務長官は聡明な女性である。
09年、国務長官として最初の訪問国に選んだのは日本であった。
その際、評者は国務省の依頼で日本での同行取材をし、単独インタビューを行い本誌に掲載した。
彼女のインタビュー記事は発言を書き起こすだけで、何の編集をする必要もないほど簡潔かつ完璧なものであった。
かつ極めて謙虚な人柄が印象に残っている。本書の中にも随所で同じ印象を得た。

本書は二つの部分から構成されている。
国務長官として海外の指導者と会った時の状況や彼らに対する印象を綴った部分と、政策課題について語った部分である。
前者に関して言えば、その驚くべき詳細な記憶に感嘆する。
交渉相手の小さな表情の変化まで詳細に語り、辛辣な印象を述べている。
たとえば、ある交渉の場で、
 『彼(プーチン)はほとんど耳を傾けようともしなかった。
 私は怒りを抱えながら、話題を変えてみた。
 シベリアのトラを救うために何をしているのですかと聞くと、彼は驚いて顔を上げた。
 さあ、これで彼の注意を引くことができた』。

コペンハーゲンでの気候変動の会議で中国の温家宝首相はアメリカを排除してインドやブラジルなどと秘密会議を開催していた。
その場所を捜し出し、オバマ大統領とクリントン国務長官は警護の阻止を振り切って会議の場に強引に入って行った。
秘密会議の出席者は『我々を見た時、皆の口はあんぐりと開いていた』と、ユーモアたっぷりに表現している。 
政策担当者が回顧録を書くのはアメリカの政治的伝統である。
クリントン、ブッシュ両大統領、オルブライト国務長官、パネッタ国防長官、ポールソン財務長官と列挙に暇がない。
それぞれが貴重な歴史的記録となっている。
その中で本書はその内容の濃密さで他を圧倒している。
政策に関する部分で、クリントン氏は自らを『理想主義的な現実主義者』とし、『人権を保護するという一線から一ミリも引きさがりはしない』と書く。
もし彼女が大統領になったら、最初の女性統領であるだけでなく、最も知性のある大統領であることは間違いないだろう」
(『週刊東洋経済』書評より引用)


書評の中では触れていないが、本の最後の章でヒラリーは母親に対する熱い思いを語っている。極めて感動的な文章で、筆者は大学のゼミの学生に読んで聞かせた。理知的だけでなく、ヒラリーの人間としての情感が溢れた姿が、そこに描かれている。その文章を以下に引用する。

《ヒラリー・クリントンの『困難な選択』より引用》

「国務長官に就任した時、母はちょうど90歳になるところだった。
国立動物園を見下ろすコネチカット通りのマンションに一人で住むのが難しくなったので、母はこの数年間は私たちとともにワシントン市内で暮らしていた。
同世代の米国人の多くがそうであるように、私は年老いた親と一緒に暮らせる歳月をありがたいと思うとともに、母が日々を心地よく過ごし、しっかりと面倒を見てもらえるようにする責任を強く感じていた。
パークリッジでの子供時代、母は私に限りない無償の愛を注ぎ、手を差し伸べてくれた。
さあ、これからは私が彼女を支える番だ。
もちろん、母にはこのようには説明しなかった。
ドロシー・ハウエル・ロダムは猛烈に独立心の強い女性だ。
自分が誰かの負担になるという考えには、とても耐えられなかった。
母がそばにいてくれることは私にとっても大きな慰めとなった。
とりわけ、2008年の大統領選挙後の難しい時期にはそうだった。
上院や国務省で過ごした長い一日の終わりに帰宅し、食卓の朝食コーナーにある小さなテーブルで母の隣に滑り込むように座り、心の中にあるわだかまりをすべて吐き出したものだった」
(『困難な選択(下巻)』430~431ページ)


 もうひとつヒラリーを理解できる場所がある。
 彼女が学び、卒業したウェルズリー・カレッジである。
 そこでヒラリーは政治に目覚めていく。
 筆者は2007年9月にボストン郊外にある同カレッジを取材で訪れた。
 同大学はスミス・カレッジと並ぶ名門女子大である。
 両校ともにマサチューセッツ州にある。
 ウェルズリー・カレッジはボストンから車で30分ほどの郊外にある。
 行きはホテルからタクシーで向かい、帰りはシャトルバスでボストンに戻ってきた。
 シャトルバスは無料でウェズリー・カレッジとハーバード大学、マサチューセッツ工科大学を結んでいる。
 これらの大学は単位互換制度で、学生はどの大学でも授業を履修し、単位を取ることができる。
 ヒラリーは1969年に同校を卒業している。
 まるで公園のような広大なキャンパスのなかに大学はある。
 大学のちょうど中心に大きな池がある。
 威厳のある教会がキャンパスを見下ろすように聳え立ち、小さな庭を囲んで何棟かの学生寮が建っている。
 筆者は学長にインタビューした後、学生寮の中を見たいと頼んで、案内してもらった。
 女子学生の部屋を見るのは気が引けたが、部屋にいた学生は笑顔で筆者を部屋の中に招き入れてくれた。
 校舎では学生の研究展示が行われていた。
 アメリカの大学は基本的に全寮制で、教員はキャンパスの中か、近所に住んでいる。
 学生に話を聞くと、授業後も教員と一緒に勉強会や研究会をするとのことであった。
 何人かの学生にインタビューしたが、全員非常に素直で、良い印象であった。
 学長によると、同大学では卒業生の90%以上は専門的な勉強をするために大学院に進学するという。
 学長によると、教育の理念は「社会の指導者になり、社会に奉仕できる人材を養成すること」だという。
 同大学のリベラルな雰囲気がヒラリーの人格形成に大きな影響を与えたことは想像に難くない。
 事実、大学生の時に政治的な薫陶を受けている。
 ヒラリーも卒業後、イエール大学法科大学院に進学し、夫となるビル・クリントンに出会っている。

 個人に対するイメージは、政敵やメディアによって作られる。
 それはヒラリーに限らない。
 一度出来上がったイメージはなかなか変わらない。
 それどころか、イメージが独り歩きするようになる。
 保守派は実像とは関係なくヒラリーを嫌い、批判する。
 政治家は政策において評価されるべきである。
 ただ大統領選挙は公開討論会を見るまでもなく、候補者は詳細な政策分析よりも、“キャラクター”で評価される傾向が強い。
 今回の大統領選挙は従来の選挙以上にそうした傾向が強い。
 共和党の保守派にとってヒラリーは忌むべきリベラル派を代表する政治家なのであある。
 彼女が人間として優れた理性と優れた感性を持っていることは関係ない。

■すべてのクリントン候補の好感度調査で「嫌い」が「好き」を上回る

 日本から見ていると、“初の女性大統領”が誕生するかもしれないと、アメリカの女性たちが盛り上がっているのではないかと思われるが、様子は少し違うようだ。
 若い女性はヒラリーに距離を置き、冷淡な反応を示している。
 ベビーブーマーの高齢世代の女性はそれなりに盛り上がっている。
 同じ女性でも世代によって反応が異なっている。
 また女性に限らず、“ミレニアム世代”と言われる若い世代もヒラリーを冷めた目で見ている。
 ミレニアム世代は2008年の大統領選挙でオバマ候補を熱狂的に支持し、“初のアフリカ系大統領”誕生の原動力となった。
 だが今回の選挙では“初の女性大統領”を誕生させようという熱狂的な雰囲気はあまり感じられない。
 2008年の大統領選挙の何が違うのだろうか。

 手元にある調査ではクリントン候補の好感度が非好感度を上回っているものはない。
 性別、世代別の調査も興味深い。少し古いデータ(8月31日発表)だが、ABCと『ワシントン・ポスト』紙の共同調査の関する記事には
 「クリントン、過去最高の不人気を記録」
という見出しがついている。
 調査結果では、「嫌い」が56%と「好き」の41%を大きく上回っている。
 特徴的なのは、女性の回答で「嫌い」が多いことだ。
 「好き」と答えた女性45%に対して「嫌い」が52%と半分を超えている。
 白人女性で見ると、「好き」が34%に対して、「嫌い」が64%に達している。
 学歴が大卒の場合、「好き」が43%、「嫌い」が55%であった。
 高卒では「好き」が42%、「嫌い」が55%である。
 支持層が高いと思い割れる大学院卒の知識層でも「嫌い」が51%、「好き」が47%と予想外の結果がでている。

 ヒラリーに対して高い好感度を持っているのは黒人だけで、80%が「好き」と答え、「嫌い」は19%に過ぎない。
 ヒスパニック系では「好き」が55%、「嫌い」が40%であった。
 イデオロギー的にみると、リベラル派の人では「好き」が63%、「嫌い」が34%である。
 問題は穏健派ですら「嫌い」が56%と「好き」の41%を大きく上回っていることだ。

 もちろん「好感度」がそのまま投票行動に結び付くわけではない。
 2016年7月7日に発表されたピュー・リサーチの調査では、今、選挙が行われるとしたらクリントン候補とトランプ候補のどちらに投票するかという問いに対して、次のような結果がでている。
 全体では51%がクリントン候補、42%がトランプ候補であった。
 女性だけだと、クリントン候補59%、トランプ候補35%と過半数の女性はクリントン候補に投票すると答えている。
 この比率はトランプ候補の女性蔑視発言や性的なスキャンダルが出たことでトランプ候補を強力に支持していた保守派の女性や保守的なキリスト教徒であるエバンジェリカルの女性がトランプ候補に距離を置き始めており、おそらくクリントン候補に投票すると答える比率は高まっていると想像される。

■なぜ多くの女性はクリントン候補を嫌うのであろうか

 保守派の人々がクリントン候補を嫌うのは理解できるが、一般の女性が彼女に好意を抱いていないのはなぜなのだろか。
 しかし、嫌いだからと言って多くの女性が女性大統領の誕生を願っていないというわけではない。
 9月13日に発表された『ニューヨーク・タイムズ』紙とCBSニュースの共同調査では、多くのアメリカ人は女性大統領の誕生を歓迎していると答えている。
 同調査を解説した『ニューヨーク・タイムズ』紙(2016年9月16日)の記事には「世論調査で大半の有権者は女性にとって一里塚と歓迎しているが、それは必ずしもヒラリー・クリントンでなくてもいい」という見出しがついている。
 女性大統領の誕生は歓迎するが、クリントン候補である必要はない、ということだ。

 同調査によれば、アメリカの女性にとって最大の問題は「性差別」である。
 「性差別」とは、具体的に言えば、
 男性との賃金格差、
 “ガラスの天井”といわれる昇進格差、
 さらに職場での性的なハラスメント
である。
 48%の女性は、社会では女性よりも男性のほうがが有利な立場にあると考えている。
  ちなみに男性のほうが有利と考えている男性は35%にすぎない。
 男女のパーセプション・ギャップは大きい。
 また女性にとって最大の問題は性別による賃金格差で、女性の4人のうち3人は男性と同じ仕事をしているのに賃金は少ないと感じている。
 また25%の女性は職場で性的な多くのハラスメントがあると答えている。
 同じように感じている男性は18%に過ぎない。

 クリントン候補に関しては、56%の女性が彼女は優れたロール・モデルであると考えている。
 この比率は高いが、ただ前回の民主党大統領予備選挙に出馬した2007年の調査では、その比率は70%であった。
 それから比べれば、クリントン候補のイメージは低下している。
 それは、多くの女性がクリントン候補は結婚し、大統領夫人になり、子供を産み、上院議員、国務長官を経験するなど一般の女性が思い浮かべる人生のキャリアとは程遠いと感じているからだ。
 クリントン候補はすべてを持った女性なのである。
 ちなみに、アメリカの女性にも結婚願望があり、47%の女性は結婚が人生で非常に重要であると答えている。

 また多くの女性は性差別を解消することを願っている。
 女性大統領の誕生は男女平等の社会に一歩近づくことになる。
 しかし、その願いは必ずしもクリントン候補を大統領にしなければならないという燃え上がる情熱には結びついていない。
 逆にクリントン候補が「女性カード(Woman Card)」を利用していると批判する声も聞かれる。
 ただ正確を期していえば、クリントン候補は女性であることを理由に女性に支持を訴えたことはない。
 ジャーナリストのゾーイ・ヘルラーは「Hillary & Women」と題する記事(『New York Review of Books』2016年4月7日)で、
 「彼女はジェンダーに特別な意味を与えることを拒否している。
 彼女が求めているのは将軍たちの支持である。
 彼女は女性としての暖かさや感情、女性的な面を犠牲にして“力強い”最高司令官として自分を打ち出している。
 その結果、彼女は最初の女性大統領になるという感動的なアピールを活用できないでいる」
と、「女性カード」批判は的外れであると指摘をしている。
 だが、ジャーナリストのエリザベス・プレザは
 「今回の大統領選挙ではクリントン候補が“女性カード”を切っているという批判が浸透している」(「In Politics, Who Really Holds the Gender Card」『Alternet』2016年9月26日)
と書いている。
 プレザは、「保守派やトランプ陣営がクリントンは『女性カード』を使って自分に投票するように求めている」と、この批判は政治的な色合いで行われていると指摘している。
 たとえば、トランプ候補は「クリントンが持っている唯一の物は女性カードだ。もし彼女が男性だったら票はまったく獲得できないだろう」と語っている。
 要するに、トランプ候補はクリントン候補が健闘しているのは、彼女が女性であるからだと主張しているのである。
 いずれにせよ、アメリカの多くのメディアがクリントン候補の「女性カード」をテーマに取り上げ、有権者に有形無形の影響を与えている。
 ただ、問題は、クリントン候補が「女性カード」を切っているかどうかとは別に、彼女が若い女性層の支持を得るのに苦戦していることは事実である。

 60年代、70年代のフェミニスト運動を担ってきた古い世代の女性にとって、夢が実現する瞬間が迫っている。
 初の国務長官のマデレーン・オルブライトや1970年代のフェミニスト運動を代表し、雑誌『Ms』を創刊したグロリア・スタイネムなど古い世代のフェミニストたちは、若い世代に向かって「ヒラリー・クリントンのもとに結集せよ」よう訴えている。
 だが、若い女性たちは、母親や祖母たちとは違った感じ方をしている。
 民主党の大統領予備選挙の際、女性票の53%はバニー・サンダース候補に投じられた。
 クリントン候補の得票率は46%に留まった。
 30歳以下の女性の82%がサンダース候補を支持している。
 若い女性たちは、74歳の老政治家に未来を託そうとしたのである。
 結論から言えば、多くの若い女性は「女性であるというだけで支持できない」と考えている。
 言い換えれば、それは「女性カード」批判に通じるものがある。
 ハーバード大学のある女子学生は、
 「ヒラリーは女性だけど白人で、金持ちで、性的にストレート(同性愛者ではない)だ。
 もし平アリーが黒人か同性愛者か貧しかったら、彼女に投票しただろう」
と語っている(「Hillary’s Woman Problem」Politico, 2006年2月12日)。
 要するに、彼女たちにとってクリントン候補は“エスタブリッシュメント(特権階級)”を代表する白人候補者に過ぎない
 事実、彼女はウォール街の金融機関の経営者や富裕層から多額の政治献金を得ている。
 従来の政治家と変わるところはない、というわけである。

 作家でヒラリー・クリントンの評伝を書いているゲール・シーヒーは次のように書いている。
 「私は多くのミレニアム世代の女性と話をした。
 多くの女性は『クリントンは男を利用して権力を得た』と彼女をはねつける。
 彼らはヒラリーの歴史をしらない。
 彼女は大統領を育てたのであり、夫のビルは彼女を共同大統領にした。
 夫婦は常に権力のなかでパートナーであり、経済的、社会的正義のために一緒に戦ってきた。
 その共生関係によって25年にわたって民主党の政治を支配することができた。
 その期間はエレノアとフランクリン・ルーズベルト大統領夫妻が支配した期間よりも長い」。
 ヒーシーはさらに続けて、
 「若い女性がヒラリーの大統領としての可能性を十分に理解できないのは、ヒラリーが非常に幅広い考え方をする人物で、許容度が大きいからだ」、
 「ヒラリー・ロダム・クリントンは大統領選挙では長距離ランナーだ。
 若い女性はいつか彼女のビジョンの幅の広さを理解できるようになるだろう」
と分析する。

 ジャーナリストで、『ニューヨーク・ブック・リビュー』誌のコラムニストであるエリザベス・デュリューは
 「女性たちはヒラリーが女性だから彼女を支持すべきだと言われるのが好きではない」、
 「他の有権者と同じようにヒラリーの政策に対する立場や個性などに基づいて支持するかどうかを決めたがっている」
と指摘する。
 問題は男性か、女性かということではない。
 女性に限らず、若い世代がクリントン候補にあまり興味を示さないのは、
★.彼女の演説は嘘っぽく、
★.政策も空虚だ
と感じているからだ。

■ミレニアム世代もヒラリー・クリントン候補に背を向ける

 若い女性たちはクリントン候補ではなく、サンダース候補に希望を託した。
 大統領予備選挙で敗北したサンダース上院議員は、現在、クリントン候補支持を明らかにし、自分を支持したミレニアム世代にクリントン候補に投票するように呼び掛けている。
 だが、若者の間でクリントン人気が盛り上げる気配は感じられない。
 世論調査では、サンダース議員を支持した若者層はリバタリアン党のゲーリー・ジョンソン候補に流れているという結果が出ている。
 大統領選挙はトランプ候補の自滅でクリントン候補の勝利が濃厚になっているが、選挙は水物で、最後まで結果は分からない。
 クリントン候補にとって、最大の課題は、女性票とミレニアム世代の票をいかに獲得するかだ。
 そうした有権者が第3党の候補者に投票したり、棄権すると、選挙結果に影響が出かねない。
 特に選挙に決定的な影響を与える激戦州ではわずかの票差で結果が左右される。

 加えて2016年4月時点で
 ミレニアム世代(18歳から35歳)の推定人口は6920万人で、
 ベビーブーマー世代(52歳から70歳)の6970万人とほぼ同数になっている。
 ミレニアム世代は有権者の30%以上を占めるまでになっている。
 「ジェネレーションX世代」(36歳から51歳)は有権者の25%を占めている。
 「ベビーブーマー世代」は2004年に7290万人とピークを付けたが、その後、減少し続けている(数字は国勢調査に基づくピュー・リサーチの推計)。
 やがてミレニアム世代が最大の有権者数になるのは間違いない。
 単に今回の大統領選挙だけでなく、将来にわたってアメリカの政治に大きな影響を与え続けると思われる。
 今回の大統領選挙でキャスティング・ボートを握るかもしれない。

 アメリカでは選挙年齢に達しても、自動的に投票できるわけではない。
 日本のように選挙の入場券が送られてくるわけではない。
 各人が選挙登録をして初めて投票できるようになる。
 選挙登録をした数が問題となる
 民主党の調査機関Project New Americaの調査では、2012年の大統領選挙ではミレニアム世代で選挙登録をしたのは2000万人であったが、今回の大統領選挙では5300万人が選挙登録をしている。
 その数は、今後、さらに増えると予想される。
 それだけに彼らが誰に投票するかは選挙結果に大きな影響を与える。
 ただトランプ候補に投票する可能性は低い。
 なぜならミレニアム世代の多くはトランプ候補を人種差別主義者であり、女性を侮蔑する人物と考えているからだ。
 トランプ候補の最大の支持者は白人の高卒ブルーカラーであるが、ミレニアム世代の白人の高卒ブルーカラーの70%はトランプ候補に批判的である。
 彼らは第3の政党の候補者に投票するか、棄権する可能性が強い。
 それはクリントン候補の得票数が減ることを意味する。
 それだけにクリントン候補はミレニアム世代対策に苦慮を強いられている。

 ミレニアム世代はクリントン候補に懐疑的である。
 さらに問題なのは、彼らの支持率が低下していることだ。
 クイニピアック大学の調査では、18歳から34歳の若者層のクリントン支持率は8月25日の調査では48%であったものが、9月15日の調査では31%にまで落ち込んでいる。
 これとは対照的にリバタリアン党のジョンソン候補の支持率は16%から29%に増えている。
 トランプ候補の9月の調査の支持率は26%で、ジョンソン候補よりも低い。
 同様にフォックス・ニュースの調査では、ミレニアム世代のクリントン候補の支持率は37%であった。
 デトロイト・フリー・プレスの35歳以下の若者の支持率調査では、8月のクリントン候補の支持率は44%であったが、9月には31%にまで低下している。
 この1か月間でミレニアム世代はクリントン候補から離れてジョンソン候補に流れている。
 2012年の大統領選挙ではオバマ大統領は30歳以下の有権者の60%の支持を得ている。
 対抗馬のミット・ロムニー候補は37%であった。
 オバマ大統領は激戦州であるミシガン州やオハイオ州で30歳以下の有権者の63%の票を得て、勝利を確かなものにした。

 こうした状況にクリントン陣営だけでなく、民主党本部も危機感を抱いている。
 オバマ大統領とミシェル夫人はクリントン候補支持を鮮明にし、有権者にクリントン候補支持を訴えている。
 9月中旬、バージニア州のジョージ・メイソン大学を訪れたミシェル夫人は学生に向かって
 「選挙は誰が投票したかというだけでなく、誰が投票しなかったかも問題だ。
 特に若い人についていえる。
 2012年の大統領選挙では30歳以下の有権者が4つの激戦州でバラクに投票し、大勝利を得ることができた」
と演説を行っている。

 ミレニアム世代の支持を得られないというのは、クリントン候補の最大の弱点となっている。
 2008年の民主党の大統領予備選挙では全予備選挙の出口調査の結果、オバマ候補はミレニアム世代の58%を獲得、クリントン候補は38%であった。
 2016年の全予備選挙の累積結果では、プミレニアム世代の71%がサンダース候補を支持したのに対して、クリントン候補支持は28%に留まった。
 クリントン候補が強いと見られているニューヨーク州やペンシルバニア州でも、クリントン候補はミレニアム世代の支持という点では、サンダース候補の後塵を拝している。
 2016年の本選挙でクリントン候補がミレニアム世代の票を獲得できるかどうか、まったく不透明である。
 少し古いデータだが、6月に行われてブルームバーグの世論調査では、サンダース候補を支持するミレニアム世代の55%が本選挙ではクリントン候補に投票しないと答えている。
 その理由として、クリントン候補の政策は基本的にタカ派であること、金融界など企業との結びつきが強く、企業もクリントン候補を支持していることを上げている。
 あるサンダース候補の支持者は「クリントンが私の票を得る可能性はゼロだ」と語り、別の支持者は「絶対にクリントンには投票しない」とブルームバーグの調査スタッフに語っている。
 この調査後、サンダース候補は正式にクリントン候補を支持すると発表し、彼の支持者にクリントン候補に投票するように呼び掛けた。
 しかしクイニピアック大学の調査で明らかになったように、現在でもミレニアム世代はクリントン候補支持に態度を変えていない。

■ミレニアム世代がクリントン候補を支持しない本当の理由

 『The Atlantic』誌の記事(2016年9月19日、「Millennial Voters May Cost Hillary Clinton the Election」)は、
 「若い有権者に対するクリントンの問題は(クリントンの)政策ではなく、
 (クリントンの)人格評価に根差している」
と指摘している。
 すなわちミレニアム世代の大多数は、
 クリントン候補は信頼に値しないし、
 計算高く、
 無原則である
と考えているのである。
 既に指摘したが、「クリントン候補は信用できない」という問題が、ここでも顔をだしている。
 ジョージワシントン大学の調査では、ミレニアム世代の66%がクリントン候補は政治的に“ご都合主義”だと答えており、彼女が「信頼できる」と答えた比率は22%にすぎない。
 またクイニピアック大学の調査でも、77%がクリントン候補は正直でなく、信頼に値しないと答えている。
 皮肉なことに、そうしたクリントン像はサンダース候補が予備選挙中に若者に植え付けたものでもある。
 調査担当者は
 「若者たちは1年間にわたってサンダース候補からクリントン候補が不誠実だと聞かされてきた。いまさら手のひらを返すようにクリントン支持に変わるのは難しい」
と語っている。

 もちろん政策に対する厳しい評価もある。
 『The American Prospect』誌(2016年9月23日)に掲載された記事「Why Millennials Don’t Like Hillary」(筆者はデビッド・アトキンス)を引用しながら、筆者の解釈と解説を付け加えながら説明する。
 アトキンスは
 「ミレニアム世代はアメリカで最も進歩的な世代(the most progressive generation)である」
と指摘する。
 彼らは2008年のリーマンショックに始まる世界大不況(the Great Recession)の最大の被害者である。
 大学は出たけど職にありつけない。
 大学の授業料は高騰し、学生ローンに頼らざるを得ない。
 その結果、巨額の負債を抱え込む。家賃も高騰している。
 親の住む家の地下部屋に住み続けるしかない。
 アメリカでは若者は早く家を出て自立するのが普通だったが、AFL・CIO(米労働総同盟産業別組合会議)に調査によれば、現在ではミレニアム世代は30代半ばまで親と同居しないと生活できない状況に置かれている。
 昨年、ハーバード大学が行った調査は、ミレニアム世代の半分の若者にとって
 「アメリカン・ドリームは達成が困難なのではなく、もはや死んでいる(American dream isn’t difficult to achieve but actually dead for them)」
と指摘している。
 アトキンスは「ミレニアム世代は怒りと絶望の時代」に生きているという。
 この結果、「資本主義よりも社会主義を支持するようになっている」。
 アメリカ社会では伝統的に“禁句”であった「社会主義」が最近では決して悪い意味では使われなくなっている。

 ミレニアム世代は「プログレッシブ」と言われる。
 少し説明を付け加えれば、「プログレッシイズム(進歩主義)という言葉が出てきたのは19世紀後半のこと。
 産業革命と“泥棒貴族”と呼ばれる大企業集団(“trust”と呼ばれている)の出現、信じられないような貧富の格差拡大、劣悪な労働環境と労働条件のなか苦境に置かれた労働者や、市場経済の浸透で農産物価格の大きな変動と機械化に伴う負債の重圧に直面した農民を守ろうと“進歩主義運動”が登場する。
 1900年から1920年の20年間は「進歩主義の時代」と呼ばれ、労働者や消費者、農民を守り、環境を保全する一連の政策がとられた。この間の代表的な政治家はセオドーア・ルーズベルト大統領とウードロー・ウィルソン大統領である。
 「進歩主義」は、後のフランクリン・ルーズベルト大統領の「ニューディール(New Deal)政策」の原型となった。
 ちなみにセオドーア・ルーズベルト大統領の政策は「スクエアーディール(Square Deal)政策」と言われている。
 「スクエアー」は「平等」という意味である。
 共和党のセオドーア・ルーズベルトは、自分の後を継いだウィリアム・タフト大統領が進歩主義の理念を離れて企業寄りになるのを見て、再度、共和党の大統領候補の指名を得ようとするが、共和党全国大会で現職のタフト大統領に敗れ、自ら「進歩党」を結成して立候補している。
 選挙は共和党のタフト大統領、進歩党のルーズベルト前大統領、民主党はウードロー・ウィルソン候補で争われ、共和党の票が割れ、漁夫の利を得てウィルソン候補が当選している。

 「プログレッシイズム」という言葉は長い間使われなかった。
 その代わり「リベラリズム」という言葉が一般的に使われるようになった。
 だが最近では「リベラリズム」が手垢のついた悪いイメージの言葉になり、それに代わる言葉として「プログレッシイズム」という言葉が復活してきた。

 ミレニアム世代は貧富の格差拡大と金融資本が暴利をむさぼっていると「ウォール街占拠運動(Occupy the Wall Street)」を始める。
 アトキンスは、この運動を
 「伝統的な民権運動は人種差別に反対する運動であったが、ウォール街占拠運動は階級意識を持った金融エリートに対する反乱であった」
と書く。
 古い世代のリベラリズムを代表するのがクリントン候補である。
 ミレニアム世代がサンダース候補の元に結集したのは、同候補が社会を基本的に変革する“革命”を訴えたからである。
 だが、クリントン候補は“革命”という言葉を決して使わず、「オバマ政権の政策を継承し、それを“進化”させる」と主張した。
 ミレニアム世代にとって現状肯定を主張するクリントン候補は
 魅力のない存在であり、体制派の人物でしかない。
 ましてや大手金融機関で巨額の謝礼を得て、講演をしているクリントン候補の姿は、ミレニアム世代にとって受け入れがたい。
 オバマ大統領がミレニアム世代の支持を得たのは「変化」を訴えたからだ。
 クリントン候補には、そうした強烈なアピールは存在しない。

 さらにアトキンスは、ミレニアム世代が重視するものに
 「中東での戦争」
 「気候変動」
 「性的多様性(同性婚、LGBTの権利擁護など)」
であると指摘する。
 まず戦争に関していえば、ミレニアム世代はクリントン候補が上院議員のときイラク戦争に賛成したことを問題にする。
 さらに2008年の民主党大統領予備選挙でオバマ候補との討論の中でイラク戦争を支持したことの謝罪を拒否したことが、彼らの間に反クリントン意識を作り出した。
 ただ、後にクリントン候補は自らの過ちを認めている。
 同性愛の問題も、軍隊で同性愛者を兵士として受け入れるかどうかが問題になったとき、夫のビル・クリントン大統領は軍当局と兵士に対して「質問するな、言うな(don’t ask, don’t tell)」という政策を打ち出す。
 すなわち「軍当局に対して同性愛かどうか質問するな、同性愛者に対して自分が同性愛であると語るな」という曖昧な政策を取った。
 それがミレニアム世代の反クリントン候補につながっている。
 ちなみに、その政策を転換したのはオバマ大統領である。

 また、ビル・クリントン大統領はリベラル派や労働組合、環境保護団体などの反対を押し切って、共和党の支持を得てNAFTA(北米自由貿易協定)を批准している。
 またクリントン候補はオバマ政権のTPP(太平洋自由貿易協定)に賛成したことを取り上げ、ミレニアム世代はクリントン候補を厳しく批判している。
 こうした状況を受け、クリントン候補はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)反対を明らかにしている。
 民主党内で最左翼の立場を取り、ミレニアム世代にも人気のあるエリザベス・ウォーレン上院議員はテレビ番組に出演して、
 「クリントンの提案は歴史上最も進歩的な政策である。
 彼女はTPPに対して明確な立場を取っている。
 大統領になればTPPを阻止すると彼女は言っている。
 そのことに一点の曇りもない」
と、クリントン候補を擁護している。

 本稿は長くなったので、ヒラリー・クリントン候補がミレニアム世代の支持を獲得するにはどうしたらいいのか。
 さらに、仮に大統領に当選した場合、ミレニアム世代とどう折り合いをつけていくかが重要な問題になる。
 それは稿を改めて議論する。

 最後に一言付け加えれば、様々なスキャンダルにも拘わらずトランプ候補とクリントン候補の支持率の差が思ったほど開いていない。
 現段階で、クリントン候補勝利の確率は高いが、“地滑り的勝利”を予想するのはまだ早すぎるだろう。






【身勝手な大国・中国】



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