「女性に嫌われるトランプ」
というのは、「うんうん」となんとなく納得できてしまう構図である。
本当にそうなのか、なんて考える人はまずいないだろう。
そういう思い込みで論を展開する識者も多い。
「でも、ほんとうなの?」
『
ロイター 2016年 11月 14日 16:26 JST 嶋津洋樹MCP シニアストラテジスト
http://jp.reuters.com/article/column-forexforum-hiroki-shimazu-idJPKBN137072?sp=true
コラム:トランプ次期大統領はレーガン後継者か
[東京 14日] - 米大統領選挙における共和党ドナルド・トランプ候補の勝利は、すでに多くが指摘している通り、米国民の現状に対する不満がいかに大きいかを浮き彫りにしたと言えるだろう。
しかし、その不満の源は何だろうか。
労働市場の悪さ、賃金の低さ、グローバル化、格差の拡大、変化のない政治。いずれも当てはまりそうだが、決定打に欠けるだろう。
少なくともトランプ氏が大統領選挙人の過半数を獲得したことを説明するには十分と言えないように思える。
各種報道によると、トランプ氏の主な支持層は白人の男性。
対照的に、民主党ヒラリー・クリントン候補は非白人から圧倒的な支持を獲得していた。
しかし、白人の女性に限ると、クリントン氏の支持率はトランプ氏に肩を並べる程度であり、後塵を拝する調査も少なくない。
こうした傾向は若年層よりも中高年で顕著なようだ。
トランプ氏は発言の過激さこそ前例のないものだったが、その支持者はこれまでの米国政治を担ってきた典型的な米国人であると言えるだろう。
こうした事実は1つの仮説を浮かび上がらせる。
つまり、米国人は変わらない現状が不満でトランプ氏を選んだわけではなく、目まぐるしく変わる現状に不満を示した可能性があるということだ。
誤解を恐れずに言えば、今回の米大統領選では、「初の黒人大統領」の次に「初の女性大統領」が就任することへの警戒感や違和感、拒否感が示された可能性もある。
実際、米国ではこれまでもたびたび、リベラリズムの反動として世論が保守に振れることがあった。
1964年の大統領選で共和党候補に指名されたバリー・ゴールドウォーター上院議員の登場、リチャード・ニクソン大統領(任期1969―74年)やロナルド・レーガン大統領(同1981―89年)の誕生はその典型だろう。
トランプ氏の性別や人種などに対する数々の問題発言が最終的に致命傷とならなかったのは、投票の直前にクリントン氏のメール問題が明らかになったことに加え、こうしたリベラリズムの反動といった側面もあるのではないか。
このように考えると、トランプ氏の具体的な経済政策が減税、規制緩和、税制の簡素化など、レーガン政権下の政策と酷似しているのは、偶然ではないだろう。
そして、実際に経済ブレーンの多くがレーガン政権時代の経済政策を前向きに評価していると報じられている。
経済政策以外でも、米軍の強化と同盟国への軍事費負担の要求は、「スターウォーズ計画」に代表される国防の強化と「安保ただ乗り論」を彷彿させる。
筆者はトランプ氏の経済政策を考える上で、レーガン政権の経験が役に立つと考えている。
■<ドル高が招く貿易摩擦の矛先>
例えば、レーガン政権下の積極財政は、当時の連邦準備理事会(FRB)がインフレの抑制を目指して、金融政策を引き締め的に運営していたこともあり、米金利とドルの上昇をもたらした。
現在のFRBは高インフレに苦しんでいた当時と異なり、低インフレに悩んでいるとはいえ、金融政策は正常化の最中。
トランプ氏の掲げる積極的な財政政策が実施されれば、レーガン政権時代ほどではないにしても、米金利とドルには上昇圧力が加わりやすい。
足元の米金利とドルの上昇は一時的にとどまらない可能性があるだろう。
レーガン政権時代のドル高は、ドイツや日本との貿易摩擦を激化させた。
トランプ氏が積極的な財政政策を修正しない場合、ドル高が続くことで、米国企業の競争力が低下し、貿易摩擦が激化するリスクは否定できない。
トランプ氏が通貨安政策を採用していると批判したことのある日本やインド、中国、メキシコは、市場開放を迫られたり、米国での輸入関税の引き上げなどに直面したりすることも想定される。
特にメキシコは、トランプ氏が北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉や不法移民問題に言及していることもあり、相対的に厳しい立場へ追い込まれるリスクがある。
もちろん、トランプ氏が批判の矛先を海外ではなく、金融政策の正常化を模索するFRBに向ける可能性もある。
その際、FRBは利上げの中止などが求められるだろう。
イエレンFRB議長がそうした要求に安易に従うとは想定しにくいが、議長としての任期は2018年2月までである。
トランプ氏が新たなFRB議長を指名することで、金融政策に影響を及ぼすことは考えられる。
ちなみに、レーガン大統領は自分と立場の近い理事を次々と任命し、ボルカーFRB議長を窮地に追い込んだことで知られている。
■<「ビジネスマン大統領」との付き合い方>
トランプ氏がビジネスマンということもあり、経済政策以外の政策は曖昧で方向感を欠くものが多い。
特に経済政策と同様かそれ以上に注目される外交・安全保障問題は今のところ、上述した米軍の強化と同盟国への軍事費負担を求めている発言以外に手掛かりが乏しい。
この点は、俳優出身でありながらも、カリフォルニア州知事として政治的な経験を積み、対ソ強硬論に傾いたレーガン大統領と大きく異なるだろう。
ただし、そのことは二国間関係が個人的な信頼関係に左右されやすいことも意味する。
安倍政権が日米関係の一段の強化を望むのであれば、ビジネスマンであるトランプ氏を納得させる理論武装とともに、首脳間の信頼関係を構築することが急務だろう。
同じことは、ロシアとウクライナ問題で対立する欧州連合(EU)、そのEUと離脱問題(ブレグジット)でさや当てを演じる英国、過激派組織「イスラム国(IS)」やシリア問題などに悩まされる中東各国にも当てはまる。
なお、トランプ氏の勝利はブレグジットに続いて、過度に悲観論をあおった専門家とそれを報じ続けたメディアなどへの国民の信頼感を大きく傷つけた可能性がある。
もちろん今後、トランプ氏の勝利やブレグジットが遠因となって実際に危機が発生するリスクは否定できないものの、その警告に真剣に耳を貸す人は従来ほど多くはないはずだ。
まして、トランプ氏が米国民の不満を解消したり、ブレグジットが平和裏に完了したりすれば、なおさら人々の信頼感は失われる可能性がある。
このことは、12月に国民投票を控えるイタリアをはじめとして、2016年に実施予定のドイツの総選挙やフランスの大統領選にも影響を及ぼすだろう。
少なくともそれぞれの国民にとって、EUやユーロが崩壊するとの警鐘はすでに大きな意味を持たなくなったはずだ。
上述した通り、筆者はトランプ米大統領の誕生が経済に直接与える影響については、総じてプラスが大きいと見る一方、政治や社会を不安定化させるリスクは小さくないと考えている。
その悪影響の大きさは今後、EUやユーロ圏で明らかになるだろう。
*嶋津洋樹氏は、1998年に三和銀行へ入行後、シンクタンク、証券会社へ出向。その後、みずほ証券、BNPパリバアセットマネジメント、SMBC日興証券などを経て2016年より現職。エコノミスト、ストラテジスト、ポートフォリオマネジャーとしての経験を活かし、経済、金融市場、政治の分析に携わる。
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。
*本稿は、筆者の個人的見解に基づいています。
』
『
The New York Times 2016年11月14日
http://toyokeizai.net/articles/-/144943
トランプに熱狂する「女性支持者」たちの本音
下品な発言があっても魅せられた
●トランプ氏は白人女性有権者からも支持を得た (写真:Max Whittaker/The New York Times)
生粋の民主党支持者、バイロさん(57)はヨガに精を出し、肉を食べず、定期的に教会に通うシングルマザーだ。
クレヨラクレヨンの工場で働く彼女に転機が訪れた瞬間を、彼女は今でも覚えている。
それは、ドナルド・トランプ氏が「物事を成し遂げる強力なリーダーになる」と確信したときだ。
今年1月、トランプ氏はアイオワ州で開かれた討論会を蹴って、退役軍人のためのファンドレイジングパーティを主催した。
父親が朝鮮戦争に従軍していたバイロさんはこのとき、トランプ氏の商才を認めたと同時に、「退役軍人の面倒を見ているのが素晴らしいと感じた」と話す。
■白人女性有権者の53%がトランプ氏に投票
多くの富裕層が住むフロリダ州ネイプルズ。
医者の夫を持ち、自らも小さな会社を切り盛りするスー・ガウタさん(47)もまた、トランプ氏を支持する。
メイン州の古びた工場街で、なんとか食べていくために定年後も働いている元大学職員のワンダ・リンカーンさん(67)、スポーツ専門チャンネルESPNに勤めるロサンゼルス在住のカイリー・オステンドルフさん(27)もトランプ支持者だ。
米大統領選の結果を分析すると、ひとつのトレンドが浮き彫りとなる。
出口調査によると、何万人もの女性、
つまり白人女性の有権者のうち53%が、何とトランプ氏を選択し、これが同氏の勝利に大きく貢献したのだ。
話を聞いた米国中の女性が今回の選挙では、ヒラリー・クリントン氏ではなく、トランプ氏に票を投じたと話していた。
女性たちはみんな、米国は間違った方向に進んでいて、トランプ氏だけがそれを軌道修正できると話していた。
彼女たちは、自ら事業を営む女性であり、自分の娘にも事業をやって欲しいと望んでいる女性たちだ。
多くは女性大統領を望んでいたと話す。
彼女たちは、テープに録音された、トランプ氏の女性蔑視発言に腹を立てなかったのか――間違いなく腹を立てていた。
彼女たちは、トランプ氏に性的嫌がらせをされたと名乗り出た女性たちの言っていることを信じなかったのだろうか
――必ずしも信じたわけではない。
一連の言動が、トランプ氏へ票を投じることを思いとどまらせなかったのだろうか
――まったくなかった。
トランプ反対派の女性は、ツイッターに「ありえない」と投稿し、トランプ氏を女嫌いなうえ、人間としても失格との烙印を押したが、トランプ支持派の女性は、同氏を「善良な男性であり、父親」だと思っていたと、ペンシルベニア州の共和党女性連盟の代表、メリー・バーケット氏は話す。
同氏は冒頭のバイロさんと教会で知り合い、トランプ氏の選挙キャンペーンに彼女が参加するのを手助けしていた。
バイロさんは自分が「無口で、控え目な人間」で、以前は選挙活動のために他人の家のドアをノックしたり、政治に関わったりした経験はないと話すような女性だった。
しかし、彼女は8月以降、毎週末トランプ氏の支持を募る活動に丸一日を費やすようになっていた。
トランプ氏に反対票を投じた女性たちが、彼を「事業で失敗し、税金の支払いを避けていた人間」と見ていたのに対し、
バイロさんのような女性たちは彼を「不動産帝国を構築し、法律も順守している男性」と見ていた。
こうした女性たちは、一人娘の美しいイヴァンカさんをしっかりと育て上げた男性、賢明な選挙対策家、ケリーアン・コンウェイ氏を選対本部長に選んだ男性としてトランプ氏を評価していた。
■「女性は大局を見ている」
要するに彼女たちは、トランプ氏自身の売り込み文句を支持したのである。
「私は、女性は大局を見ているのだと思います」
と、ガウタさんは話す。
「彼が下品なことを言ったという事実が、彼が私たちの国のために素晴らしいことができるという、私の考えを覆すことはなかったのです」
「(一連の言動が)好きかと聞かれれば、答えはノーです」
と彼女は続けた。
「でも、彼はヒラリーより良い仕事をするかと聞かれれば、それに対する答えはイエスです。
彼がこの国に最善の利益をもたらす、と心から思っています。
彼には素晴らしい家族がいます。
つまり彼は、自分を育ててくれた偉大な国、素晴らしい国を自分の子どもたちのために残したいのです。
自分が大統領になることこそ、それを成し遂げることができる唯一つの方法だ、と考えているのだと思います」
ガウタさんは14歳と16歳の息子を連れてトランプ氏の集会に行き、そして「直接話を聞くことで、テレビよりはるかに感銘を受けた」と話す。
しかし下品な話し方に関しては、話が別だ。
「もし息子がそんな口の利き方をしたら、私は彼らを膝の上に乗せ、お尻を叩くでしょう」。
シカゴのデポール大学に通うカトリック教徒のニコール・ビーンさん(22)は、中絶や(安易に性行為を行う)「フックアップカルチャー」に強く反対している。
トランプ氏を支持している彼女に、ほかの学生たちが人種差別主義者や偏見を持っている人という烙印を押したことに、彼女は不満を抱いている。
一方、フィラデルフィアに住むアフリカ系米国人のコミュニティ活動家で、熱心な共和党支持者であるダフニ・ゴギンズさん(53)は、選挙期間中ずっとトランプ氏に票を投じると決めていた。
数十年に及ぶ民主党の取り組みがほとんど役に立たなかったと感じていたからだ。
トランプ氏が、マイノリティ向けのミーティングに彼女を誘ってくれたとき、「人生で初めて、自分の一票が価値のあるものに感じています」と、同氏に涙ながらに伝えた(ちなみに、出口調査によると、
黒人女性でトランプ氏に票を投じたのは黒人女性の4%だったのに対して、
ヒスパニック系米国人女性では彼女たちの26%がトランプ氏を支持した)。
■女性にとっても最大の関心事は経済
男性のトランプ支持者同様、今回インタビューに応じた女性たちにとっても、経済は最大の関心事だった。
たとえば、ガウタさんは夫と月々1800ドルの健康保険料を支払うのにうんざりしているし、元大学職員のリンカーンさんは、保険料を払うために、夫が勤める自動車車体工場で自らも働いている。
ロスに住むオステンドルフさんは、自分の父が営んでいた100万ドル規模のビジネスが、2008年の経済危機で破綻するのを目の当たりにした。
彼女の父親は現在、キリスト教青年会(YMCA)でメンテナンスの仕事に就いている。
「私は米国が崩壊するのを見てきました」と彼女は言う。
「私が感じるトランプ氏の魅力は、彼のビジネスプランです」。
彼女たちの多くは、多文化主義とポリティカルコレクトネス(政治的正当性)を何の疑問もなく支持しているように見える米国に困惑している、とも話す。
多くは「Black Lives Matter(黒人の命だって大切だ)運動」を理解できなかったし、なぜ民主党がトランスジェンダーの人が使う化粧室にそこまでこだわるのかもわからなかった。
退役軍人の扱われ方にも疑問を持っていたし、警察に対する暴力も理解ができなかったという。
そして彼女たちは、移民やテロの脅威についても懸念を抱いている。
コロラド州のグランドジャンクションに住むヒスパニックのボビー・ホートンさん(67)は、メキシコとの国境に壁を作るという計画に賛成していた。
「ビバ・トランプ」と描かれたTシャツを着ていた彼女は、きちんとした法的手段をとらない移民は、入国禁止にすべきだと話す。
「彼は、米国の核心を突いたのです」。
民主党、共和党支持者とも女性大統領に対する偏見はかなり前からなくなっており、米ギャラップの世論調査によると、1999年の時点で米国人の92%が女性大統領にも票を投じると答えている。
ギャラップが同様の調査を初めて行った1933年にそう答えた人はわずか33%だった。
「『あなたは女性に大統領になって欲しいですか』なんて質問をもう誰もしません」
と、後にトランプ氏の選対本部長となったコンウェイ氏は2月のインタビューで答えている。
「今の時代尋ねられるのは、『ある特定の女性が大統領になることを望みますか』です」。
■女友達には言えない「トランプ支持」
実際、トランプ氏を支持する女性たちとのインタビューでもこのことを強く感じた。
彼女たちは、民主党を支持する友人たちと「親しい関係」を壊さないため、トランプ氏の話題を避けるようにしている(たとえば、バイロさんはヨガや職場では決して、政治ついて話さない)。
「私がトランプを支持していると言えば、彼女たちはショックを受けて『トランプ支持なんてありえない』と言うでしょう」
とバイロさんは女友達についてこう話す。
「私からすれば、『誰にだって自分の考えがあるのよ』という感じですが」。
民主党の世論調査員、セリンダ・レークさんは、
民主党はクリントン支持の女性が急増することを見込んでいたが、そうしたことは起こらなかった
と話す。
クリントン氏はほぼあらゆる層のグループとうまくやっていたが、
「トランプ氏は白人女性の票を見事なほど、確実に獲得しました。
そのうちの多くは、ブルーカラーの白人女性でした」
とレークさんは話す。
バイロさんは、まさにこの層にあてはまる。彼女自身は自分を中間層だと考えていたが、大学は出ていない。
そして、彼女が住むナザレスは中間層のコミュニティであるが、トランプ氏を支持するタイプのコミュニティでもあった。
きちんと片付いたダイニングに腰掛けて話すバイロさんは、クリントン支持者の多くが現在抱いているのと同じこの国への希望と懸念を口にする。
「彼がこの国の人々を団結してくれることを望みます。
私たちは、今回の選挙で人々が負った傷を癒やす手助けをしなければいけません。
そうすることで、互いを信頼できるようになり、すべてはうまくいくと信じられるようになるのです」。
』
『
JB Press 2016.11.16(水) 部谷 直亮
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48373
日本にも必ず「トランプ」が現れる
トランプ勝利の真因は
「技術革新がもたらす雇用喪失」
トランプ新大統領が誕生した歴史的な日から1週間が経った。
筆者は昨年末より研究会などで、一貫してトランプ氏の勝利をデータに基づいて主張してきた。本コラムでも、以下のようにその根拠を述べてきた。
・本選に向けてますます「オバマ化」していくトランプ(2016.5.18)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46846
・トランプはなんとイスラム教徒にも大人気だった(2016.6.1)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46968
・テロリスト扱い?軍人はこんなにヒラリーが嫌い(2016.10.5)
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48030
日本の多くの論者は米マスコミや統計学者のネイト・シルバー等が導き出した「結論」や業界の噂話を真に受けて、真の情勢を読み誤ってしまったようである。
しかし、世論調査の生データを注意深く見るなり、接戦州における「投票に行く有権者」の動向を見れば、トランプ氏の勝利は明らかであった。
クリントン氏はヒスパニックや若者の支持を得ていたが、彼らは投票に行かない。
一方、トランプ勝利を早くから予想していた早稲田大学招聘研究員の渡瀬裕哉氏が指摘したように、トランプ氏が共和党候補となった予備選挙では、過去の予備選挙よりもはるかに多くの投票者が参加しており、新しい支持層の拡大とムーブメントを感じさせた。
接戦州でのトランプ氏の勝利は当然の結果であった。
■勝敗を決定づけた製造業労働者の票
筆者がトランプ氏の優勢を確信したのは、上記のデータもさることながら、米国を中心とするイノベーションがトランプ人気の背景にあると気がついたときである。
つまり、IoT、人工知能、ビッグデータ、3Dプリンター等の「第4次産業革命」と呼ばれる、近年のイノベーションがもたらす雇用喪失がトランプを後押ししているのだ。
トランプ大統領の誕生を決定づけたのは、
「ラストベルト(さびついた工業地帯)」における支持
である。
これらの地域は、製造業労働者が多いことから伝統的に民主党の金城湯池であった。
例えば、ペンシルベニア州(選挙人は20人)、ミシガン州(16人)、オハイオ州(18人)、ウィスコンシン州(10人)は1992年以降、毎回のように民主党候補を支持してきてきた。
だが、今回はヒラリー候補に叛旗を翻し、一斉にトランプ支持に寝返ってしまった。
彼女がこれにより失った選挙人は64人である。
つまり、今まであれば「ヒラリー294人 VS. トランプ215人」であり、余裕でヒラリー政権が誕生していたのだ。
その意味で、製造業労働者の票が今回の大統領選挙を決定づけたと言っても過言ではない。
■情報テクノロジーが雇用を奪った
では、なぜ彼らは民主党から離反し、トランプ候補へ雪崩を打ったのか。
その原因として、
米国の製造業が、グローバル化とテクノロジーの進展によって深刻な状況に陥っていたこと
が挙げられる。
技術革新は雇用を生み出す一方で、従来型の産業を破壊し、雇用を失わせる傾向がある。
例えば、デジカメの登場は、電子機器メーカー、電機メーカーに新たな雇用を拡大させたが、旧来型のカメラ産業に大打撃を与えた。
超優良企業であったはずのポラロイド社も倒産に追い込まれた。
これまでは、イノベーションにより創出される雇用は、失われる雇用を補って余りあると言われてきた。
しかし、近年指摘されているのは、奪われる雇用のほうが大きいのではないかということである。
統計データを見てみると、米国の雇用は基本的に横ばいか微増であり、分野によっては減少している。
例えば、2014年末のニューヨークタイムズの調査によれば、25~54歳の男性は16%が働いていない。これは1960年代後半の3倍以上である。
また、米国では労働者の賃金も増えていない。
まず、大学を出ていない労働者は高収入の仕事を見つけるのが難しくなり、低賃金の仕事しか見つからない。
また、米経済研究所(EPI)の2013年の調査によれば、大卒でも給料がほとんど伸びていないという。
この調査では、高卒は過去12年間で給料が1.6%下落し、大卒は1%しか伸びていない。
修士・博士号保持者が5.4%も伸びているのとは大違いである。
要するに、
★.低賃金の“低技術”雇用と高賃金の“高技術”雇用に雇用が二極化し、
★.“中技術”である程度の賃金が手に入る雇用が減少している
のだ。
みずほ総合研究所 欧米調査部長の安井明彦氏は商務省のデータを根拠に、「高賃金」「低賃金」の職に比べて「中賃金」の職が苦戦していると言う。
その一因として、技術革新によって
「事務作業や製造業の仕事がロボットに置き換えられた」
ことを指摘している(「アメリカNOW 第96号 米国における雇用の分極化」)。
シリコンバレーの名うての実業家であるマーティン・フォード氏も同様の指摘をしている(参考『ロボットの脅威 ―人の仕事がなくなる日』日本経済新聞出版社)。
彼は統計データを元に、雇用環境の悪化が起きていることを指摘する。
例えば、1948年と2011年を比較すると労働者の生産性は254%増えたのに、給料は113%しか増えていない。
また、1980年代、90年代は20%だった雇用創出が、2000年代には8%にまで低下し、人口増大に見合う雇用が900万件分不足している。
これらの背景には、コンピューターや人工知能、ロボット、3Dプリンターといった情報テクノロジーの進展が存在し、雇用はさらに悪化していくという。
こうした状況に対して、民主党指導部やオバマ政権はなんら具体策を示せなかった。
しかも、彼らは温暖化対策を強硬に推進したため、炭鉱や製鉄所が閉鎖された。その結果、ラストベルトの雇用はさらに悪化した。
それに対して、トランプ氏は一貫して雇用を回復させるという主張を展開した。
グローバル化に逆行する保護貿易主義的な発言を繰り返し、国内の炭鉱の復活や規制緩和も唱えた。
対して、クリントン陣営やそれを支持するマスメディアは温暖化対策の必要性を主張し、雇用回復の為の説得力のある政策を示さなかった。
あまつさえ、トランプ支持者に対し、
「嘆かわしい人々の集まり」
「レイシスト」
「無知な田舎者」
「プアホワイト」
等と批判した。
これで支持するような労働者はいないだろう。
かくして勝敗は決し、トランプ候補が誕生したのである。
■「日本のトランプ」が登場する日
多くの論者は、以上のような米国の地殻変動を無視もしくは軽視したために、トランプ氏の勝利を予想できなかった。
筆者は、同じ現象は間違いなく日本でも起きるとみている。
こうした技術的な影響は遅れてはいても日本にも波及するであろうし、グローバル化も日々進展しているからである。
おそらく「日本のトランプ」は橋下徹・前大阪市長をはるかに超えて規格外であり、「都構想」のような手段ばかりを主張した彼とは違い、明確で強力なビジョンを指し示すだろう。
その人物が、ロベスピエールやナポレオンのような破滅を生む存在なのか、それとも救いをもたらすカエサルやアウグストゥスのような存在なのかは分からない。
いずれにせよ、最終的な結論を日本社会に与え、
長く続いた「戦後」を終わらせる
ことは間違いないだろう。
』
『
ニューズウイーク 2016年11月17日(木)10時45分 ジム・ニューウェル(スレート誌ライター)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/11/post-6347.php
「頭のいい」指導部のせいで、米民主党はすべてを失った
大統領のポストを失い、上下院の多数議席を獲得できず、今や米民主党は連邦レベルではほぼ無力に等しい。
11月9日未明の衝撃を、私たちは生涯にわたって繰り返し思い出すだろう。
それは未来の世代にも語り継がれるような衝撃だった。
あまりの展開に今は何が起きたか1%も理解できていない。
それでも、現時点ではっきり言えることがある。
自ら物笑いの種になった民主党指導部はもうおしまいだということだ。
議員やコンサルタントや選挙参謀や中道左派のメディアが主張してきたこと――あの衝撃の結末を迎えるまでに、ここ数年言われてきたことはすべて、ただのたわ言だった。
【参考記事】ドナルド・トランプとアメリカ政治の隘路
民主党指導部は予備選でひそかにヒラリー・クリントンに肩入れするという嘆かわしいミスを犯した。
クリントンはまずい候補者だ。
相手陣営にやじを飛ばすだけで有権者の心をつかむメッセージを打ち出せない。
今のアメリカを覆う政治的なムードにも、民主党内で盛り上がった若い熱気にもそぐわなかった。
しかもメール問題やクリントン財団の資金に絡む疑惑など厄介なお荷物が付いて回った。
「頭のいい」民主党指導部には、そんなことは分かっていたはずだ。
それでも彼らはクリントンをもり立てた。
民主党指導部は閉鎖的な社交クラブでアウトサイダーを歓迎しない。
自分たちに敬意を払わず、勝手に動くからだ。
■メディアの分析も的外れ
民主党支持の有権者は指導部の言うことを信じた。
状況を完全に把握していると豪語し、違う意見を無視する指導部を。
指導部はこう言っていた。
クリントンは政界で長年のキャリアがあるし、共和党は新しい攻撃材料を見いだせないだろうから、本選ではクリントンが有利だ――今にして思えば、笑ってしまうような言い草だ。
手慣れた戦いで、選挙広告の作り手は才人ぞろい、ハリウッドのトップスターも味方に付けているし、史上最高の選挙分析チームを抱えている、とも。だから最強だって?
冗談だろう。
史上最高のチームが、全国大会後にウィンスコンシン州に遊説に行くべきだという提案すらしなかったのだ。
1回の遊説で戦況が変わるわけではないが、相手の支持基盤であるラストベルトを切り崩す努力は必要だった。
共和党は空中分解しつつあるというメディアの分析も的外れだった。
筆者の分析も例外ではない。
クリントン勝利に備えて事前に書いた原稿では既存の政治システムが崩壊しつつあるなかで民主・共和とも存亡の危機に瀕しているが、共和党に少し分があるかもしれないと論じていた。
少しどころか、彼らは今や怖いものなしだ。
ドナルド・トランプが彼らにミッションを与えた。
この国は彼らのものだ。
【参考記事】トランプの首席戦略官バノンは右翼の女性差別主義者
崩壊寸前の民主党を受け継ぐ新指導部は今までよりも広い層にアピールする方法を見いだす必要がある。
人口動態からみて共和党は早晩落ち目になるだろうが、今回の選挙でそれはまだ先の話だと分かった。
民主党は反人種差別・反性差別の旗印を捨てずに、より広く白人層の支持を取り付けねばならない。
居座り続ける少数の民主党幹部はバーニー・サンダースの支持者が投票所に行かなかったせいだのFBI長官が悪いだのと犯人探しをするだろう。
一方で、共和党は図に乗って墓穴を掘るだろうから、まだ希望は持てるなどと言う幹部もいるはずだ。
そんな寝言を真に受けてはいけない。
何一つ明るい材料はない。全面的な敗北――これが目下の現実だ。
© 2016, Slate [2016年11月22日号掲載]
』