2016年10月28日金曜日

日本留学ブーム:なぜ東大は中国人だらけなのか?中国人エリートは日本をめざす

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ダイヤモンドオンライン 2016年10月28日  中島 恵 [フリージャーナリスト]
http://diamond.jp/articles/-/105980

中国人エリートが米国よりも日本を留学先に選ぶのはなぜか

中国人エリートのなかで、海外留学先として日本の人気が徐々に高まっている。
日本では「欧米に留学する人が一流、日本には欧米に行けなかった人が来る」という印象を抱く人も少なくないようだが、実態は必ずしもそうではない。

■アメリカ留学はハイリスク、ハイリターン型

 日本の方が健康そうで幸せ?
 「中国人が留学したい国ナンバーワン? 
 そりゃ、何といっても、やっぱりアメリカです。
 アメリカの有名大学のキャンパスに行けば、中国人留学生がゴロゴロいます。
 でも、中国人にとって、アメリカ留学だけが幸せな選択肢じゃないですよ。
 私から見れば、日本に住んでいる友人のほうがずっと健康的で、幸せそうな顔をしています」

 以前、北京で知り合った中国人に連絡してみたところ、彼女は私に率直な意見を聞かせてくれた。
 中国の理工系大学のトップ、清華大学を卒業し、アメリカ東海岸にある一流大学の大学院に留学。
 現在はニューヨークのIT企業に勤務している28歳の女性だ。
 彼女は高校時代、東京都内の進学校に短期留学した経験があり、日本に住んでいる中国人の友人も多い。

 私は新刊『中国人エリートは日本をめざす』の執筆のため、今年の春から東大や早稲田など日本の有名大学の関係者に取材をしてきた。
 私が取材した中で、日本の有名大学を選ぶ中国人留学生は、中国人の中ではどちらかというとおっとり型、激しい競争を好まないタイプが多いと感じてきたが、アメリカ留学はどうなのか?
 アメリカ留学と日本留学の違いを取材してみようと思い、彼女にコンタクトしてみたところ、こんな声が返ってきたのだ。

 「アメリカ留学は一言でいえば、ハイリスク、ハイリターン型ですね。
 東海岸は白人が多いので、その中で黄色人種というだけでもプレッシャーですが、だからなのか、全体的にアグレッシブな中国人が多いんです。
 ハーバード、スタンフォードに留学するような人は、中国に住んでいるときから常に学年でトップクラスですから、プライドがものすごく高くて負けず嫌い。
 中国での競争をそのままアメリカに持ち込んでいる感じで、いつも顔が引きつっていて怖かったですね」

 「大学院の宿題はものすごく多くて、勉強以外に何もできないので、プレッシャーに強い人でないと生きていけないんです。
 そういう意味では、中国にいるときよりもさらに厳しい生活環境を覚悟しなければならない。中国人同士の足の引っ張り合いも、ものすごいんですよ」

■アメリカでは激しい中国人同士の競争
韓国ドラマも真っ青の悪質な事件も頻発

 中国人同士の足の引っ張り合いとはどういうことだろうか?
 今度は西海岸の有名大学大学院で学ぶ中国人男性にメールで話を聞いてみた。
 彼は上海の名門、復旦大学を卒業後、アメリカの大学院に進学。
 彼もまた、学部時代に京都の大学に交換留学した経験があり、日本の事情にも詳しい。将来はアメリカの大学で教職に就くことを目指している。

 「アメリカでの中国人同士の競争は、そりゃすさまじいですよ。
 最も激しいのは就職活動のとき。アメリカの大学は中国の学生から膨大な学費が入ることを想定して、博士課程よりも修士課程で修了する短期のコースを大量に作りました。
 金儲けのためです。
 いくつか、その筋で有名な“中国人御用達”の修士コースがあって、アメリカ留学を目指す中国人ならば名前はきっと知っていると思います。
 簡単に入学することができるんですよ。
 でも、そうして入った修士課程を修了した留学生が、ほぼ同時に就職口を争わなければならなくなってしまうのです」

 彼は言う。
 「アメリカの大手企業の就職試験は熾烈を極めます。
 海外でがんばる中国人同士なのに、ジョブフェアのイベントの日程が違う日に変更になった、と友人にわざとデマ情報を流したり、事故に見せかけてライバルに怪我をさせるように工作したり、友人が席を立った隙に友人のパソコンをたたき壊したり、ライバルのスマホを川に投げ捨てたり……、なんていうのは日常茶飯事。韓国ドラマも真っ青の悪質な事件も頻発しています」

 最悪、就職口を見つけられなかったら、留学生ビザが切れる前にアメリカ人と結婚させる中国人専用の斡旋ビジネスも横行している、というから驚きだ。
 想像しただけで息苦しくなってくるが、彼が在籍している大学の修士課程の95%は中国人で、右を向いても左を向いても中国人だらけ、日本の大学院の比ではないという。
 アメリカには一体どれくらいの中国人留学生がいるのだろうか。

 米国国際教育協会(IEE)の調査によると、
 14~15年度にアメリカで学んだ外国人は過去最多の約97万5000人だった。
 最も多いのが中国人で約30万5000人(日本人は約1万9000人)と、アメリカの留学生全体の3分の1を占める。
 (ちなみに、第2位はインド人、第3位は韓国人となっている。
 余談だが、インドは中国に次いで人口が12億9000万人と世界第2位なので留学者数が多いことも理解できるが、
 人口が日本の半分以下の約5000万人しかいない韓国人がこれほどまでにアメリカ留学していることは、注目すべきことだろう)

 やはり、中国人が真っ先に選ぶ留学先はアメリカなのだ。
 中国人の留学先の
 第2位はイギリス、続いて
 オーストラリア、
 カナダ、
 香港
の順となっており、
 日本はその次だ。
 日本への留学生は約9万4000人と、アメリカの3分の1以下となっている。
 オーストラリアやカナダは移民しやすいので、留学後の移民先としても中国人に人気がある。

 では、アメリカに留学するのと比較して、日本留学はどう思われているのだろうか。
 そして、日本留学した中国人はなぜアメリカではなく、日本を選んだのだろうか?

■優秀な中国人がアメリカを避けて
日本を選択するというケースも

 留学生たちの意見は、以前、
 東大の記事(「中国人エリートが東大留学する本当の理由」)や、
 早稲田の記事(「中国人エリートが慶應よりも圧倒的に早稲田を目指す理由」)
に詳しく書いたので一部割愛するが、アメリカにも留学経験があり、現在、東大で中国人留学生の指導も行っているある教授はこう語る。

 「自分が指導する中国人留学生に、アメリカ留学している中国人と大きな違いは感じません。
 アメリカだから一流、日本に来たからそうではない、とは必ずしもいえません。
 本人の適性や家庭環境などの問題もありますので。
 優秀な中国人がアメリカを避けて日本を選択する、というケースもたくさんあります」

 同教授によると、前述したように、アメリカに留学する中国人は、厳しい競争に巻き込まれることも覚悟の上で行くなど、強靭な精神力を持ち合わせていることが多いという。

 「それに、日本の学費はアメリカに比べて安く、中国との距離が近いことがメリットです。
 近場の旅行を『安・近・短(安い、近い、日程が短い)』と表現することがありますが、日本留学は『安・安・安(安心、安全、学費が安い)』といえるでしょう」

 「日本政府が留学生を積極的に受け入れる方針を取っていて、同じ漢字圏ということもあり、中国人は日本で成績上位者となりやすく、奨学金が取りやすい。
 しかも日本の学費はアメリカの私立大学の7~9分の1という安さ。
 それに、アルバイトも探しやすく、アメリカに比べれば、日本人は人種差別をしません。
 私が知る限り、中国人にあえて優しく対応してあげる教授も多いくらいです」

 「さらに、経済的な理由だけでなく、距離的に近いことは親を安心させる好材料で、私の研究室にいる女子学生は親から
 『アメリカは遠すぎるし怖い。日本ならば私たちもすぐに会いに行けるし、日本は夜道も安全だから』
と言われて留学を許可された、と聞きました」

 日本では
 「欧米に留学する人は一流、日本には欧米に行けなかった人が来るのだろう、と思い込んでいる人もいると思いますが、必ずしもそんなことはないですよ」
と教授はつけ加える。
 「日本に来る留学生は、確かに中国の進学校で1番だった、という超一流ではないかもしれないけれど、日本の住みやすさや日本文化を理解し、日本で落ち着いて勉強したいという性格の中国人で、そこそこのエリート。
 強いていうなら、1.5流といってもいいでしょう」

 つまり、多くの中国人が行きたがるアメリカではなく、あえて日本を選ぶ人は、激しい競争を好まない、控えめなタイプが多い。
 トップにはなれなくても、常にコツコツやるがんばり屋さんに向いているといえる。
 自分の専門分野に合った教授が大学にいるかどうかなど、自分にとって重要なポイントとなることをいくつか天秤にかけて、冷静に留学先を日本に定めている人が多いという。

■アメリカには中国人が多すぎる
日本留学はまだ希少価値

 数年前、東大修士課程を修了後、アメリカの博士課程に進学した上海出身の男性も、同様の意見を言っていた。

 「アメリカには中国人が多すぎて、アメリカ留学したメリットを感じにくくなっているのが現状です。
 そこで勝ち残っていくためには、少なくともトップ10以内の大学で優秀な成績を収めること。
 さらに、学力や努力以外のもっと別の才能や強力なコネも必要。運も深く関係しますね。
 アメリカで思い描いたようなキャリアを得られず、かといって、中国に戻って錦を飾ることもできないで、そのまま雲隠れしてしまう残念な“エリート崩れ”も数多くいます」

 「それに比べると、日本留学は、アメリカ留学に比べて人数が少ないので、9万人もいるとはいえ、まだ希少価値なんです」


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 希少価値というと「えっ? こんなに多いのに?」と日本人は思うが、『爆買い』中国人観光客同様、総体的に見れば、中国人は日本よりも欧米に行くことのほうが圧倒的に多く、まだまだ日本の魅力、日本留学のよさが中国人に完全に伝わっているわけではない。

 「今、日本に留学している中国人は、他人を押しのけてまで、という、まるで中国人の専売特許のような“戦闘モード”があまりない。
 日本に住んでいると日本のお国柄に似てくるのか、礼儀正しく、いい意味で“日本人化”している人が多いと思います」

 「日本ならば、最も進んだ研究分野で教授の右腕となることも可能だし、日本の研究者とのネットワークの構築もできる。
 何しろ同じ東洋人同士で、中国人と日本人は考え方が似たところがありますから。
 アメリカ留学に幻想を抱く中国人もいますが、日本留学にはアメリカよりもよいことがたくさんあり、日本は魅力的な国。
 そう考えている人が多いからこそ、今、日本を目指す中国人エリートが密かに増えているのではないでしょうか」



サーチナニュース 2016-10-28 08:25
http://news.searchina.net/id/1621779?page=1

日本で中国人技能研修生が減少、
働きに行くメリットがなくなった=中国メディア

 日本各地の工場などで働く中国人技能研修生の数が近年減少傾向にあるという。
 中国メディア・新華網は26日、日本で働く「うまみ」が薄れたことで、日本での就業を選択する中国人が減っているとする記事を掲載した。

 記事は、日本はかつて「多くの外国出稼ぎ労働者にとって良い目的地だった」と説明。
 整った環境や周到なサービスで、多くの中国人観光客を呼び寄せている日本だが、出稼ぎ労働という観点で見た日本の魅力は「以前ほど大きくない」とした。

 そのうえで、山東省で活動する出国労務サービス業界関係者が、
 「現在、日本への労務人員の応募状況は全体的に思わしくなく、どんどん集めるのが難しくなっている」
と語るとともに、その背景について
 「中国国内の賃金が高くなり、同水準の賃金であれば国内で働くことを選ぶ傾向が強くなっている。
 若い人は多少辛い仕事でも故郷を離れたがらない」
と説明したことを伝えている。

 さらに、この状況を裏付けるデータとして、日本の法務省が発表した在日外国人に関する統計データで、
 2013年に10万7174人だった中国人研修生の数が
 14年には10万93人、
 15年には8万9086人
と年々減少し、外国人研修生全体に占める中国人の割合も低下していることが明らかになっているとした。

 記事は、衆議院で25日に外国人技能研修生の対象職種を介護職にまで拡大する法案が可決されたことを紹介。
 より多くの外国人労働者を呼び込もうとする日本政府の動きに対して、業界関係者が
「日本への就労ブームが起こることは考えられない」とし、
「技術だけでなく厳しい日本語の要求も出てくる。
 今、中国国内でも介護職に就きたがる人がいないのだから、日本へ行って従事する人を集めるのはさらに難しそうだ」
と説明したことを伝えた。

 外国人技能研修生については、これまでにしばしば過酷な労働が指摘され、脱走して行方が分からなくなったり、自殺したりというトラブルが取り沙汰されてきた。
 この制度に対して良い印象を持っていない中国人も多いのではないか。
 そして、経済成長に伴う生活水準、賃金の上昇によって「わざわざ外国で辛い仕事しなくても良い」状況も加われば、中国人技能研修生が減少するのも不思議ではない。
 中国の経済成長は、日本国内の労働力確保にも少なからぬ影響を与えたようだ。



サーチナニュース 2016-11-01 07:27
http://news.searchina.net/id/1622067?page=1

入学しやすく能力がちゃんと身に付く! 
日本の専門学校の魅力=中国メディア

 学歴至上主義が根強い中国。
 専門学校に相当する学歴は、大学院卒はもちろん大学の学部卒より低く見られがちだ。
 しかし、学歴にこだわらず実務能力を身につけることを重視し、日本の専門学校を格好の留学先とするケースも出始めているようだ。
 中国メディア・大学網は28日、
 「日本の専門学校はどうしてこんなに人気なのか」
とする記事を掲載した。

 記事は、中国の学生が日本の専門学校に注目し始めている理由について6つの点から紹介。
1つ目は、「就学期間が2−3年と短い一方で、就職率が非常に高い」点を挙げた。
 日本で仕事をしたり、就労ビザを取得して長期滞在したりするビジョンを持っている留学生にとってはメリットがあるとした。

2つ目は、「学生の能力育成により重点を置いている」点だ。
 大学は理論や知識の養成に主眼が置かれ、就職後に実務能力の不足に気づくことになるが、専門学校では、より学生の実務能力育成が重視されており、専門的なカリキュラムが組まれていると説明した。

3点目は、「専門学校が網羅している分野が非常に広範である」という点。
 医療福祉や保育、料理、観光、各種デザイン、映像・音響、マンガ・声優、自動車、経理など自分の興味に合わせた分野を選んで学習することができ、その幅は大学の専攻よりも広いとしている。

残りの3点は、
★.「卒業後、大学院などに進んで更にその道を深めることができる」、
★.「大学に比べて入学要件が低く、入りやすい」、
★.「留学ビザ取得要件も低く、日本語能力さえあれば申請が可能」
といった点を挙げて解説した。

 日本の専門学校の魅力は、なんといっても数えきれないほどの分野の学校があるところではないだろうか。
 そして、より「働くこと」を意識したカリキュラムによって、まじめに励めばすぐに使えるような技術や知識が身に付くことも、実利性を求める中国人留学生にとってはありがたい点と言えそうである。



Record china配信日時:2016年11月13日(日) 0時20分
http://www.recordchina.co.jp/a154982.html

なぜ!?
日本に留学する人がますます増えている理由―中国メディア

 2016年11月10日、捜狐教育によると、日本へ留学する人がますます増えているという。
 英コンサルティング会社Quacquarelli Symonds(QS)が発表した「留学に適した都市ランキング」で、東京が昨年から4つ順位を上げて3位にランクインした。
 このランキングは、世界50都市の大学生を対象に行った調査に基づき、国際的な視野や保護者の安心感、就職状況、生活コスト、卒業生の競争力などを数値化してランク付けしたもの。

 東京のほか、京都、大阪、神戸はいずれも昨年から大きく順位を伸ばして21位タイとなった。
 記事は「こうしたデータから、日本留学が人気であることがわかる」と指摘。
 その理由について、
 「ビザ発給率が高いこと」
 「滞在費や学費が安いこと」
 「交通が便利なこと」
 「アルバイトがしやすいこと」
 「奨学金制度が整備されていること」
を挙げた。

 また、日本の大学を受験する中国人学生も増加している。
 15年時点の中国人留学生の数は9万4000人で、外国人留学生全体の「45%」を占める。
 日本では中国人学生のための予備校もあるといい、「爆留学」という言葉まで生まれているという。
 背景には、アニメなどの日本文化に興味を持つ若者が増えていることや、中国国内の競争のし烈さもあるようだ。

 このほか、日中両国の大学の協力・交流活動がますます盛んになったことで、留学のルートが多様化。
 日本政府も2008年に「留学生30万人計画」を打ち出すなど、受け入れに積極的であることも関係している。
 2020年の東京五輪に向け、今後ますます留学生が増えるとみられる。



サーチナニュース 2016-11-18 07:17
http://news.searchina.net/id/1623299?page=1

中国人の「日本留学ブーム」はいつ、そしてなぜ始まったのか=中国

 日本学生支援機構によれば、2015年5月1日時点で、日本に留学していた中国人学生の数は9万4111人に達した。
 一方、経済協力開発機構(OECD)の統計によれば、中国に留学していた日本人学生の数は13年時点で1万7226人だった。

 唐や随の時代において、中国は日本の師であったが、現代における留学生数の統計を見ると、日本から学ぼうとする中国人の数のほうが多いことがわかる。
 中国メディアの今日頭条は16日、中国人の「日本留学ブーム」はいつから、そしてなぜ始まったのかというテーマについて論じる記事を掲載した。

 記事は、中国人の日本留学ブームは日清戦争における「敗戦」がきっかけだったと説明し、日清戦争の敗戦や1901年9月に八カ国連合軍によって強制的に北京議定書に調印させられたことが原因で、当時の中国人は「亡国の危機」を感じたと説明。
 さらに当時の中国の知識人たちは、「日本は西洋から学び、成功を収めていた」ゆえに、遠い西洋に留学するより日本に留学して学ぶことが国家を救うための近道であると判断したと紹介。
 当時の中国人たちは「強敵を師と仰ぐ」道を選択し、この時から中国人の日本留学ブームが始まったと説明し、この留学ブームは今なお続いているとの見方を示した。

 日清戦争当時の中国には大国としての驕りがあったのだろう。
 しかし、「亡国の危機」という強烈な危機感に迫られ、戦争に負けた相手であることなどなりふり構わずに日本を留学先として選択するブームが始まった。
 中国は近年、製造業の高度化に向けて「匠の精神」の育成を目指す姿勢を見せているが、日本のものづくり精神を学ぶために日本に留学する学生も今後は増えてくるかもしれない。



サーチナニュース 2016-12-01 16:13
http://news.searchina.net/id/1624298?page=1

どうして「日本留学」が中国人にとって「超人気商品」になっているのか=中国メディア

 「爆買い」が日本で新語・流行語大賞に登場してから、はや1年。日本人の想像を超える中国人の消費活動に「爆」を付けて表現することが多くなった。
 中国語にも「爆款」という言葉がある。
 これは「爆発的人気商品」を指すものだが、中国メディア・今日頭条は30日、
 日本が留学における「爆款国」になっている
とする記事を掲載した。

 記事は、商品に「爆款」があるように、チャットアプリ上ではみんなに良く使われる「爆款文」があるとしたうえで、「留学にも『爆款国』がある」と説明。
 どうして多くの人が日本への留学をしたがるのか、と疑問を提起したうえで、その理由について解説している。

 まず、「爆款」商品が生まれるのと同じ原理で、日本留学が低価格高品質でコストパフォーマンスに優れていると説明。
 大学では留学生専用の奨学金があり、アルバイトをして生活費の一部を稼ぐことも可能、それでいて教育のレベルも欧米に引けを取らない、それゆえ多くの留学生に喜ばれているとした。

 次に、ネット上での「爆款文」同様に「同じ東アジア文化圏である日本に、共感できる部分が多いため」という理由を挙げた。
 文化的にも飲食などの生活習慣的にも、他の国よりもスピーディーに適応できるほか、日本のアニメ文化やドラマ、映画、スターなどに対する共感や強い興味が留学生を日本に引き込んでいると解説した。

 さらに、美食や美観など、日本国内にはありとあらゆる「美」が充満している点についても言及。
 四季折々の美しさ、食べ物の美味しさに加えて、街の清潔さ、そして人情の美しさが、留学生たちの美に対する欲求を満たしてくれる大きな魅力になっているとの見方を示している。

 距離的な近さも、多くの中国人学生が日本を留学先に選ぶ理由の1つと言えるだろう。
 少子高齢化が進む中で日本の大学は学生集めに奔走している。
 その重要な「資源」は、中国など外国からやって来る留学生たちだ。
 今後さらに、留学生が日本を訪れやすい、そして、学生生活を快適に過ごせるような環境が整備されていくことだろう。



Record china配信日時:2016年12月1日(木) 18時50分
http://www.recordchina.co.jp/a156150.html

日本留学が爆発的人気の理由、
コスパだけではないその魅力を解剖!―中国メディア

 2016年11月30日、中国メディア・東方網は
 「留学先として爆発的人気の日本、その原因とは?」
と題し、日本留学が中国人に人気な理由について伝えた。

 爆買いの対象になる商品の多くがコストパフォーマンスに優れていると同じように、日本が留学先として人気が高いのはやはりコストパフォーマンスが良いからだ。
 日本の学費は高過ぎず、留学生を対象とした奨学金制度も充実している。
 一方で、その教育の質は欧米に肩を並べているため、広く留学生に受け入れられている。

 日本の文化も中国人留学生を引き付ける要因の1つ。
 日本のアニメや漫画は中国の若者に影響を与えており、日本のサブカルチャーに憧れを抱く中国人も少なくない。
 さらに、日本のドラマや映画、アイドルも中国人を引き付ける要因となっている。

 日本は驚きと美があふれている国。
 グルメ、景色、人情はどれも素晴らしい。
 とりわけ、日本の春の桜と秋の紅葉は有名で、留学すればこの美景を目にすることができる。
 日本のレストランでは味覚的なサプライズを体験することだろう。
 こうした原因により、日本は留学先として高い人気を獲得しているのだ。



サーチナニュース 2016-12-01 20:07
http://news.searchina.net/id/1624317?page=1

日本で部屋を借りやすくなった中国人留学生、過去の経験者「考えられない!」 =中国メディア

 中国経済の急成長に伴う中国人の生活水準向上に伴い、日本で生活する際に中国人が抱えてきた問題が過去のものになりつつある。
 中国メディア・環球網は11月30日、日本で中国人が部屋を借りる際の状況が大きく変化したことについて、「想像もできなかった」とする記事を掲載した。

 記事は、東京・新宿の街頭では「外国人向け」、「外国人歓迎」と書かれた不動産会社の看板をしばしば見かけると紹介。
 東京全体の不動産市場が中国人に開放されつつあり、多くの不動産会社が中国語版サイトを立ち上げ、中国語のサービス提供をうたっているとしたうえで「これは、十数年前では想像できなかった」と伝えた。

 そのうえで、2004年に東京で部屋を借りる際には非常に面倒な段取りが必要だったと説明。
 まず、大家が外国人に貸す意思のある物件を探すのに難儀し、部屋が見つかると今度は非常に細かい担保の資料の提出を求められたと紹介した。
 しかし現在では「不動産会社がすぐに内見を手配してくれ、その日のうちに満足のいく部屋が見つかる。翌日には手続きが済み、3日目には部屋のカギが手に入る」とし、「これほど効率の良い中国人向けサービスが実現するとは、これまで考えもしなかった」と評している。

 さらに、部屋を借りるのが楽になったばかりではなく、中国人留学生が直接日本の部屋を買うケースすらあると紹介。
 ある不動産会社の日本人スタッフが
 「中国人留学生は本当にお金を持っている。ローンを組まずに全部払っちゃうんだから」
と感嘆したことを伝えた。

 記事はその一方で、外国人に対してなおも偏見を持っている大家も一部にはいるという不動産業関係者の話を紹介。
 本当に支払い能力があるかどうかを確かめるために「面接」を求める大家もいると伝えた。
 また、現在はベトナムからの留学生が増えているが、一部の不動産会社ではベトナム人が賃借する際の審査を特に厳しくおり、「まるで10年あまり前の中国人留学生に対するようである」とした。

 日中両国間の関係の変化が、さまざまな部分で具体的に表れつつある。
 中国人留学生が日本に留学しやすくなり、部屋も借りやすくなったというのはその事象の1つに過ぎない。
 留学生を「受け入れる」から「来てもらう」への変化も然りだ。
 変化を加速させたのは紛れもなく中国の急速な成長、台頭である。
 もはや「これまではそうだった」という考えは通用しなくなりつつある。
 日本は、中国や中国人との新しい付き合い方に慣れていかなければならない。




【身勝手な大国・中国】



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フィリピンの中国への急接近(4):稀代の策士 フィリッピン・ドゥテルテの有り様

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●NNNニュース



フジテレビ系(FNN) 10/28(金) 4:56配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20161028-00000241-fnn-int

比・ドゥテルテ大統領帰国 安倍首相との会談「実り多いもの」



 フィリピンのドゥテルテ大統領は27日、3日間の日本訪問を終え、帰国した。
 最終日の27日は、ヘリコプターで神奈川・横浜市に移動し、海上保安庁による犯人の追跡と、拿捕(だほ)を想定した小型高速艇による訓練などを視察した。
 今回の来日では、中国が軍事拠点化を進める南シナ海問題を念頭に、フィリピンの沿岸警備隊の能力強化のために、日本が、大型巡視船2隻を円借款で供与することなどで合意している。
 視察後、ドゥテルテ大統領は、予定されていなかった報道陣との会見に応じた。
 ドゥテルテ大統領は、
 「非常に実り多いものでした。日本は最大の支援国です」
と述べた。

 一方、天皇陛下との会談は、三笠宮さまの逝去でキャンセルとなった。
 ドゥテルテ大統領は、「心から弔意を表明したい」と述べた。

 3日間の日程を終えたドゥテルテ大統領は、27日午後6時すぎ、羽田空港を後にした。
 27日夜、フィリピンに帰国したドゥテルテ大統領は、空港で会見し、安倍首相との会談について、「実りの多いものだった」と述べた。
 そのうえで、経済や安全保障など、さまざまな分野で、日本との関係強化を進める考えをあらためて示した。



現代ビジネス 2016.10.28 長谷川 幸洋 東京新聞・中日新聞論説副主幹
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50079

ドゥテルテ大統領来日で再確認!
アジア外交の主役はやはり日本だ
中国はこの接近に焦っている
 
■「ドゥテルテ詐欺論」

 フィリピンのドゥテルテ大統領が一連の発言で東アジアを揺るがしている。
 米国に「決別宣言」を突きつける一方、中国に接近する外交路線が日米に打撃なのは間違いない。
 ただ、ここは日本が存在感を高めるチャンスでもある。

 ドゥテルテ氏は10月20日、公式訪問した中国で「米国と決別する」と述べた。かと思うと、訪日直前の24日にはマニラで会見し、米国との関係について
 「まったく変わらない。私は口が悪いだけだ」
と軌道修正した。

 中国では「米国との決別は中国から経済協力を引き出す狙いで言っただけ」という「ドゥテルテの詐欺論」まで出ているらしい。
 決別と言っても、米国との軍事同盟解消や中国との同盟締結といった極端な戦略転換に踏み込む可能性もなさそうだ。
 発言は揺れているが「米国との合同軍事演習は今年限り」と明言している。
 大筋で米国と距離を置く一方、対中関係は強化していく方針とみていい。

 そもそも米国とフィリピンの関係は、これまで安定していたとは言えない。
 米比相互防衛条約を結ぶ一方、旧ソ連が崩壊すると安全保障環境が変化し、国内で「ヤンキー・ゴー・ホーム(米国は帰れ)」の声が高まった。
 ピナツボ山の噴火で米軍基地の滑走路が使用不能になった事情もあって米軍は1992年、フィリピンから完全撤退する。
 すると中国は95年、米軍撤退で生じた軍事力の空白を突いて、フィリピンと領有権で争いがあったミスチーフ礁を嵐の夜に実力で奪取してしまった。
 実効支配は今日まで続き、埋め立てによっていま3000メートル級の滑走路が出来ている。
 中国の脅威が高まると、フィリピンでは一転して「米国に戻ってほしい」という声が強まり、2014年に米軍のローテーション駐留を再び可能にする協定を結んだ。
 ことし3月には米軍がフィリピン国内の5基地を使える協定も結んだばかりだ。

■なぜ米国嫌いか

 ところが、5月の大統領選でドゥテルテ氏が当選し、再び米比関係の雲行きが怪しくなる。
 米国はドゥテルテ氏が麻薬撲滅対策で「裁判なしに容疑者を処刑している」と批判を強めた。ドゥテルテ氏は強く反発して、今回の決別宣言に至っている。

 そもそもドゥテルテ氏がなぜ米国を嫌っているのか、については諸説ある。
 「米国との決別」講演では、現代ビジネスの同僚筆者である近藤大介氏が訳出しているように、ブラジル訪問の際に立ち寄った米国で税関当局とトラブルになった経験を語っている(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50048)。
 ドゥテルテ氏が市長を務めていたダバオで起きた2002年のホテル爆発事件で、米国の捜査当局とみられる人物が事件に関係する米国人を一方的に国外に連れ出した件が響いている、という見方もある。

 いずれにせよ、かつての宗主国である米国に対する反植民地感情が底流にあるのは間違いなさそうだ。
 NHKのインタビューでは「フィリピンでフィリピン軍以外は見たくない」と語っている。
 26日の講演では、2年以内に米軍のフィリピンからの撤退も求めた。
 米国とすれば、なんとかフィリピンをつなぎとめて良好な同盟関係を維持したいところだが、アジアの対中包囲網からフィリピンを失いつつある現状はもはや否定できない。
 「Lost Philippine」は、いまそこにある現実なのだ。
 大統領選が最終盤を迎えている米国はいま、とてもフィリピンどころではないが、遅かれ早かれ、次期政権は東アジア全体の戦略を見直さざるをえないだろう。

■日本を敵視してはいない

 米国が同盟国の離反を招いたのは、今回が初めてではない。
 英国や独仏伊など欧州各国は昨年3月、米国の反対を押し切って、中国が主導したアジアインフラ投資銀行(AIIB)に参加した。
 今回のフィリピン離反はAIIBをめぐる欧州の離反を上回る衝撃と言える。
 フィリピンは東アジアと南シナ海の要であるからだ。

 一連の動きの背景には、もちろん米国の弱体化がある。
 オバマ大統領が「米国は世界の警察官ではない」と表明したのは、2013年9月だった。
 それから3年後のことし3月には大統領選のトランプ候補がニューヨーク・タイムズのインタビューで「米国はもう、かつての米国ではない」と認めた。
 つまり米国の弱体化、それと裏腹の関係にある中国の台頭を背景にして、英国やフィリピンの米国離れが起きた。
 だから、これは米国の問題でもある。

 そこで日本だ。
 日本はどういうポジションに立っているのか。
 結論を先に言えば、私は絶好のポジションについたと思う。
 まず日本にとって安全保障の要である米国とは、昨年の安全保障関連法制と日米防衛協力の指針(ガイドライン)見直しを経て、同盟関係を強化した。
 加えて韓国とも昨年12月、慰安婦問題で合意し関係修復が進んでいる。
 日本が韓国の「和解・癒やし財団」に10億円を拠出した件で批判も出ているが、検討が始まった日韓通貨スワップ協定に続いて、いずれは軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結へと進むだろう。

■実は主役はニッポン

 そのように強化された安全保障基盤の上でフィリピンを眺めると、彼らは日本を敵視していない。
 むしろ逆だ。ドゥテルテ大統領は26日の安倍晋三首相との会談で
 「(南シナ海問題で)私は日本の側に立つ」と明言した。

 南シナ海問題で「国際海洋法条約に従って、紛争を平和的に解決する」点で大統領と安倍首相は一致した。
 こうした展開を米国から眺めれば
 「米国を敵視するフィリピンを日本が間に立ってなだめ、
 日米比3国の円満な関係維持に努めてほしい」
と期待しているはずだ。

 つまり、日本が米国とフィリピンの橋渡しを務めるポジションについた形になる。
 それが可能になるのは、繰り返すが日本と米国が盤石の体制を固めているからである。
 これは大前提だ。
 フィリピンから見ても、そんな日本こそが頼りになる。

 同じような事情は対ロシア関係でも言える。
 米国はクリミア侵攻をめぐってロシアと緊張が続いている。
 だが、日本は北方領土問題に絡んでロシアへの大型経済協力を約束し、12月にプーチン大統領を日本に迎えようとしている。

 日ロ首脳会談の結果、日ロ関係が改善すれば、焦るのは中国である。
 9月9日公開コラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49669)や10月7日公開コラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49889)で書いたように、日本と米国にとって共通の脅威である対中包囲網にロシアが加わるのは、米国にとっても悪い話ではない。

 同様に日本とフィリピンが良好な関係を維持すれば、焦るのは中国なのだ。
 ふと気がつけば、いつの間にか
 日本が米国に代わって対中包囲網作りの中核的役割を果たしつつある。
 今回のドゥテルテ大統領訪日は、そんな日本の重みをあらためて印象づけた。

 激変する東アジアの外交ドラマは日本を主役にして始まったばかりだ。



Record china配信日時:2016年10月28日(金) 13時10分
http://www.recordchina.co.jp/a153739.html

ドゥテルテ発言の真意は?
 比議員「スカボローで漁業?調印には至っていない」―中国紙

 2016年10月28日、環球時報によると、フィリピンのドゥテルテ大統領が「数日後にわれわれの漁民が戻れる」と語った南シナ海のスカボロー礁(中国名:黄岩島)について、フィリピンの議員から「われわれは中国とそのような文書に調印していない」との発言が出た。

 スカボロー礁は中国が実効支配を強めており、フィリピンの漁民が操業できない状況が続いている。
 今月18日から21日にかけて中国を訪れたドゥテルテ大統領は23日の演説で
 「数日後にわれわれの漁民がスカボロー礁に戻れるだろう」
と発言したが、訪中に同行した議員は
 「中国はフィリピン漁民の操業を『許可する』正式文書への署名を希望したが、われわれは応じなかった」
と説明。
 その理由として「『許可』という言葉遣いは仲裁裁判の結果に反する」と述べ、詳しい事情を知る人物の話として
 「中国はフィリピン漁民の立ち入りに原則同意しているが、具体的な言葉選びが調印に至らなかった主な原因」
と語った。



Record china配信日時:2016年10月28日(金) 11時50分
http://www.recordchina.co.jp/a153702.html

親日アピールのドゥテルテ大統領に中国外交は振りまわされているのか?
―米華字メディア

 2016年10月26日、米華字メディア・多維新聞は記事
 「ドゥテルテ大統領の中国・日本歴訪、
 背後に見える中国外交を読む」
を掲載した。

 中国に続き日本を訪問したフィリピンのドゥテルテ大統領の発言が注目を集めている。
 親日家ぶりを猛アピールしているほか、南シナ海問題については日本と同じ立場にあると言明した。
 発言は訪中時の約束を破る内容ではないと専門家は分析しているが、ドゥテルテ大統領に中国外交は振り回されているのではないかと不安に思う人も少なくないだろう。

 そもそも中国では、自国の外交力が低すぎると不安に感じている人が少なくない。
 中国と友好関係を結んでいるのはいずれも第三世界の国々であり、頼りにならない上に二枚舌ではないかというわけだ。

 だが心配は不要だ。
 中国は着々と新たな外交関係構築に邁進している。
 米国のような伝統的同盟関係を結ばないのは大国となっても中国の外交は変わらないというメッセージを小国に伝えるものである。
 また、大国として成長を続ける中国にはさまざまなタイプのパートナーが必要だ。
 無数の二国間関係という基盤の上に「一帯一路」「AIIB(アジアインフラ投資銀行)」などの新たな多国籍プラットフォームを作りつつあるのだ。




●ANNニュース



サーチナニュース Record china配信日時:2016年10月29日(土) 23時20分
http://www.recordchina.co.jp/a153685.html

ドゥテルテ比大統領、
「反米発言」は政権求心力と外交戦略の“一石二鳥”狙う?

 2016年10月28日、オバマ米大統領への暴言など一連の「反米発言」で物議を醸すフィリピンのドゥテルテ大統領。
 南シナ海問題で対立する中国に「急傾斜」とも伝えられるが、「反米ナショナリズム」を自らの政権の求心力と外交戦略の“一石二鳥”に使っている節もうかがえる。

 フィリピンで米国の存在感は圧倒的。
 植民地支配の歴史や公用語の一つが英語、
 アジア唯一のキリスト教国
ということもあり、太平洋を隔てているとはいえ、ほとんど隣国に近い。
 日本は出稼ぎ先の一つにすぎないが、米国はあこがれの移住先だ。
 米国には西海岸を中心に日系人の3倍にも上る約250万人規模のフィリピン人社会が存在する。

 それだけに、フィリピン人は愛憎半ばする屈折した複雑な対米感情を抱いている。
 ドゥテルテ氏の影に隠れて目立たないが、証券取引委員会委員長などの経歴を持ち、米国通とされるヤサイ外相も9月に米ワシントンで講演した際、「フィリピンはもうアメリカの茶色い弟ではない」と発言している。

 沖縄県で米軍関係者の行動がしばしば問題視されるように、米空軍クラーク、海軍スービック両基地があった当時は米軍人の傍若無人な振る舞いが非難を浴びてきた。
 事件が起きるたびに反米感情が高まり、基地撤去が叫ばれた。

 こうしたことから、フィリピン国内では旧宗主国に対してはっきり物を言う政治家は人気を集める。
 最新の世論調査によると、ドゥテルテ大統領の支持率は、対麻薬戦争への共感も手伝い86%にも上る。
 国内の政治基盤が弱い大統領にとっては、国民の支持が最大のよりどころだ。

 マルコス元大統領も就任当初は民族主義者を標ぼうし、支持を集めた。
 米国からの再三のベトナム派兵要請を拒み非戦闘部隊の派遣にとどめたほか、1975年に中国、翌76年に旧ソ連と国交を樹立し、それまでの対米一辺倒外交からの転換を試みた。

 25日からの日本訪問前、フジテレビとのインタビューに応じたドゥテルテ大統領は米国などへの過激発言を繰り返す理由を問われ、
 「誰も話を聞いてくれないとき、どうやったら、気がついてもらえるか。
 『汚い言葉を使って叫んでいる男は誰だ』となり、私に気づき、耳を傾け始める。
 (では、暴言はわざとだと?) もちろん」
と言い放った。

 18日からの中国訪問中、ドゥテルテ大統領は習近平国家主席との首脳会談で南シナ海問題を「棚上げ」した。
 その後、軌道修正したものの、わざわざ米国との「決別」を宣言。
 中国から、鉄道建設などのインフラ整備を含む総額240億ドル(約2兆5000億円)もの支援を引き出した。

 一方、26日の安倍晋三首相との会談では冒頭から南シナ海問題に言及して、
 「平和裏に問題を解決したい。
 (中国と)いずれ話をしなければならない」
とした上で、
 「私は日本側に立つつもりだ」
と表明。
 中国の主張を退けた仲裁裁判所の判決については
 「判決の範囲外の立場をとることはできない」
と述べ、日本と中国を使い分けるしたたかな一面ものぞかせた。



東洋経済オンライン  2016年10月31日 美根 慶樹 :平和外交研究所代表
http://toyokeizai.net/articles/-/142583

ドゥテルテ、「南シナ海」で有利な決定的証拠
"暴言"大統領はいずれ中国に突き付ける

 ドゥテルテ・フィリピン大統領は、10月18~21日に中国を訪問。
 いったんフィリピンへ戻ったが、25日~27日、日本を訪問した。
 忙しい外交日程であることは間違いないが、失礼ながら、フィリピンの大統領としては異例の注目を浴びた。

 フィリピンは伝統的友好国である米国から離反し、中国との関係を強化する方向を向いているように見られている。
 そのうえ、同大統領が独特の過激な物言い、たとえば
 「米国と別れる。 オバマ大統領は地獄へ落ちろ」
などと発言し、世界の耳目を引いているからだ。

 南シナ海で米国と対立する中国が、ドゥテルテ大統領の訪中を急きょ国賓に格上げし最大級の歓待をしたのは、ある意味当然であった。
 しかも、中国が提供した経済協力は、確定的でないようだが、総額2兆5000億円にも上ると言われている。
 さすがにこの大盤振る舞いについては、中国内でも批判の声が上がっているそうだ。

■まず過激に発言し、後から修正する

 しかし、フィリピンが本当に米国から離れ、対立することも辞さなくなったと見るのは早計だ。
 大きく言えば、半分は、ドゥテルテ大統領の言動によって誇張されている。
 同大統領は、まず過激に発言しておき、後で必要なら修正を行う。
 修正は自分自身ですることもあれば、外相など側近がその役割を演じることもある。
 今回も中国訪問後の説明を聞けば、米国との関係は従来と基本的には変わらないようだ。
 米軍との合同軍事演習はもうしないと言っているが、同盟関係は維持する方針である。

 ドゥテルテ大統領の真意を確かめるため、フィリピンを訪問した米国のラッセル国務次官補も、
 「フィリピンと米国の関係は変わらないと見ることができる」
と発言した。
 ならば、中国での発言は何だったのか、と言いたくなる。
 が、同大統領はこれまでそういうスタイルを通して、国民から喝さいを浴びているのであり、こちらとしてもかなりの幅をもって見ていく必要があろう。

 南シナ海の問題については、ドゥテルテ大統領は中国の習近平国家主席と、話し合いで解決を図ることに合意した。
 我が国などでは国際仲裁裁判所の判決の扱いに強い関心があるためか、両首脳は判決を「棚上げ」したとも言われているが、そのような事実はない。
 同大統領は訪中をぶち壊さないため、それを持ち出さなかっただけだ。

 仲裁判決は、両国の首脳会談では表に出なかったが、フィリピンにとって極めて価値の高いものである。

■中国の領有権主張に根拠なし

 まず今回の仲裁判決は、国連海洋法条約(UNCLOS)の解釈によって、中国の主張と行動は「違法」と判断した。
 いわゆる中国の「九段線」主張についても、UNCLOSに違反していることはすべて違法だと断定した。
 さらに判決は、領有権に関する中国の主張も、根拠がないことを「示唆」した。
 なぜ示唆かといえば、仲裁裁判所に領有権問題をさばく権限がないからだ。
 具体的には、判決は管轄についての原則を尊重する姿勢を見せながらも、
 「裁判所がスプラトリー諸島やスカボロー諸島に関する主権の問題を扱う権限があるならば、
 非常に興味深い証拠が諸方面から集まっている」
と述べている(判決パラ264)。
 この部分だけでははっきりしないかもしれないが、前後と合わせて読むと、中国の領有権主張も根拠がないという考えが示されている。
 要するに、判決は領有権については権限がないことを自認しつつ、実際には少し踏み出して、中国の主張が領有権問題に関しても根拠のないことをやんわりと言ったのだ。

 判決の言う「非常に興味深い証拠」とは何か。
 具体的に示していないので推測にならざるを得ないが、大きく言って、2種類の証拠は間違いなく参照しただろう。

★.その1つは、第二次世界大戦が終結するまで南シナ海の大部分は日本が支配していたこと、
 さらにそれ以前はフランスが支配していたこと
に関する証拠だ。
 この類の資料としてはフランス、中華民国、さらには日本に、関連の公文書がある。
 中華民国については、『外交部南海諸島档(の繁体字)案彙編』上下巻などがあり、我が国でも閲覧可能だ。
 これらの文献は政府の立場表明、抗議、政府間の折衝などを記録しており、客観的な資料としての信頼性は極めて高い。

 判決が参照したであろうと思われる、
★.もう1つの種類の証拠は、
 帝国主義勢力が南シナ海へ進出する以前、中国の歴代王朝が作成していた公式の地誌である。
 あまりに古いものは散逸しているが、明清両朝の『大明一統志』および『大清一統志』は完全に残っている。
 これらの地誌では、海南島が中国の最南であることが明確に示されている。

 海洋については、中国大陸の沿岸より外の大洋は「中国と夷(野蛮国)が共存するところ」、すなわち今日の言葉で言う、「公海」と認識されていた。
 『皇明実録』という明朝廷の議事日誌などが明記している。
 ともかく、これらの文献を含め、非常に興味深い証拠を検討した結果、仲裁裁判所は中国の領有権主張は根拠がないという心証を得たのだと思う。

■同じことは東シナ海にも当てはまる

 もっとも、判決は中国からけなされ、拒否された。
 判決を強制的に執行することはできないので、中国パワーに押され気味に見えるが、それは表面的なことで、
 この判決はフィリピンにとって、百万の援軍にも比肩しうるほど頼りになる。

 フィリピンがこれらをいつ、どのような状況で活用するか、それはフィリピンが決めることだ。
 ドゥテルテ大統領は訪中を成功させるため、今回使わなかった。
 それは訪中の目的全体に照らして適切な判断だったと思う。
 しかし、今後、南シナ海に関して再び中国と対立することになれば、フィリピンにとって大きな力となる。
 同大統領も、いずれ判決を持ち出すことになるかもしれない、という趣旨の発言を行っている。

 ドゥテルテ大統領は安倍首相とも南シナ海問題の平和的解決で合意した。
 発表されてはいないが、その中では仲裁判決について、そうした将来の可能性をより明確に示したのではないか。
 同大統領による「フィリピンはいつも日本の側に立つ」という発言は、おそらく東シナ海と南シナ海は類似した状況にあり、特に中国との関係で同じ立場にあることを指摘した発言だと思う、実際、今回の南シナ海判決は、東シナ海にも当てはまるところがある。 
同大統領の発言は非常に興味深い。
 』 




【身勝手な大国・中国】



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激化する中国の権力闘争(4):習近平、党の「核心」に位置付け まだまだ進む権力集中

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TBS系(JNN) 10/27(木) 22:16配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20161027-00000124-jnn-int

中国「六中総会」閉幕、習近平氏を党の「核心」に



 中国共産党の重要会議「六中総会」が閉幕し、習近平国家主席を党の「核心」と位置付けることが明らかにされました。

 中国共産党の幹部300人以上が出席した、「六中総会」は、4日間で終了しました。

 コミュニケでは反腐敗キャンペーンが党内の政治環境を浄化したと習近平国家主席の業績を高く評価し、「国や政党には指導する核心の存在が非常に重要だ」とした上で、「習近平同志を核心とする党中央」と明記しました。

 「核心」という言葉は過去に毛沢東、トウ小平、江沢民総書記時代に使われていたもので、習氏は自らを党の「核心」とすることで、権力基盤の一層の強化に成功したことになります。

 来年予定される党大会では、指導部の大幅な交代が予想されますが、今後はその人事をめぐり駆け引きが激しくなるものとみられます。(27日21:34)



Yahooニュース 2016年10月28日 11時38分配信 遠藤誉  | 東京福祉大学国際交流センター長
http://bylines.news.yahoo.co.jp/endohomare/20161028-00063802/

六中全会、集団指導体制堅持を再確認
――「核心」は特別の言葉ではない

 27日、六中全会閉幕時、習近平は集団指導体制堅持を複数回強調した。
 コミュニケに「習近平総書記を核心とする」という言葉があることを以て一強体制とする報道は間違っている。
 胡錦濤も江沢民も核心と呼ばれた。

◆集団指導体制堅持を強調

 10月27日、中国共産党第18回党大会第六次中央委員会全体会議(六中全会)が北京で閉幕した。
 閉幕に際し、習近平は中共中央委員会総書記としてスピーチをおこなった。
 スピーチにおいて、習近平は何度も集団指導体制を堅持することを強調した。
 その多くは「民主集中制」という言葉を用いて表現したが、「集団指導体制(集体領導制)」という言葉も用いている。
 これまでのコラム「六中全会、党風紀是正強化――集団指導体制撤廃の可能性は?」でも書いてきたように、「民主集中制=集団指導体制」のことである。
10月27日、CCTVでは、習近平の講話を含めて解説的に六中全会の総括が報道されたが、その中で、「民主集中制」が4回、「集団指導体制」が1回出てきたので、「集団指導体制」に関して、5回も言ったことになる。
 「核心」という言葉に関しては2回使われている。
 このCCTVにおける報道を文字化して報道したものを探すのは、やや困難だったが、たとえばこの報道をご覧になると、(中国語を使わない)日本人でも目で見てとれる。
 後半(最後の部分)には「人民日報」の解説が加わっているので、そこは無視していただきたい。
 前半は習近平が六中全会でナマで言った言葉を報道したCCTVの記録(文字化したもの)である。
 そこには「民主集中制」という言葉が4回出てきており、「集体領導制(集団指導体制)」という言葉が1回、出てきている。

 コミュニケで、わざわざ「民主集中制」や「集団指導体制」を堅持すると言ったとは書いてないのは、それは中華人民共和国憲法で定められていることなので、当然と思ったからだろう。
 憲法を改正して「民主集中制」(集団指導体制)を撤廃するなどということになったら、中国共産党の一党支配は逆に崩壊する。

 だというのに、日本のメディアは一斉に「コミュニケに“核心”という言葉があった」、だから「習近平の一極集中が行われる」「一強体制か」などと書き立てている。
 まるで「集団指導体制が撤廃された」かのような書きっぷりだ。

◆江沢民も胡錦濤も「核心」と呼ばれた

 中でも、27日夜9時からのNHKのニュースでは「核心というのは特別な言葉で、毛沢東とトウ小平にしか使ってない」という趣旨のことを報道していた(録音していないので、このような趣旨の報道、という意味である)。
 それは全くの誤解だ。
 まず江沢民に関して言うならば、「中国共産党新聞」が「江沢民を核心とした中央集団指導体制の経緯」というタイトルで、江沢民を「核心」と呼んだ経緯が詳細に書かれている。
 文革後、毛沢東の遺言により華国鋒が総書記になり、すぐ辞めさせてトウ小平が全体を指揮し、胡耀邦を総書記にして改革開放を進めたが、民主的過ぎるということで失脚し、天安門事件を招いた。
 いびつな形で総書記になった趙紫陽もすぐさま失脚さえられ、天安門事件のあとにトウ小平は江沢民を総書記に指名したわけだ。
 このときに一極集中を図って、何とか中国共産党による一党支配体制の崩壊から免れようとしたトウ小平は、江沢民に「総書記、国家主席、軍事委員会主席」の三つのトップの座を全て与えた。
 そして改めて「江沢民を核心とした集団指導体制」を強調したのだ。
「江沢民を核心とする」という表現に関しては、列挙しきれないほどのページがあるので、省略する。

 つぎに「胡錦濤を核心とする集団指導体制」に関しては、たとえば、中国共産党新聞(→人民網)が「トウ小平が胡錦濤をずば抜けた核心的指導者としたのはなぜか」という趣旨のタイトルで、胡錦濤を「核心的指導者」と位置付けている。
 この記事が発表されたのが、2015年4月18日であることは、注目に値する。
 つまり、習近平体制になった後にも、「胡錦濤を核心とする指導体制」を強調したかったということである。
 胡錦濤時代の「胡錦濤を核心とする」という表現に関して、すべて列挙するわけにはいかないが、たとえば、2003年6月の「国際先駆導報」には「第四代指導者の核心 中国国家主席胡錦濤」というのがあり、2010年4月の「新華網」は、「胡錦濤総書記を核心とした党中央は…」といった表現が入っているタイトルの記事を公開している。
 また、2011年6月には「胡錦濤同志を核心とした集団指導体制」]というタイトルの記事がある。
 これも探せばキリがないが、江沢民よりもやや少ないのは、胡錦濤政権時代、メディアは、前の指導者の江沢民によって完全に牛耳られていたからである。
 したがって、文革や天安門事件などの特殊な過渡期以外は、「中共中央総書記」は、常に全党員(現在は8700万人強)の頂上に立っているので、常に「核心」なのである。
 そういうピラミッド形式ででき上がっているヒエラルキーこそが、中国共産党の根幹だからだ。

 このような中国の政治の実態を知らずに、なんとしても「習近平が集団指導体制を撤廃して一強に躍り出た!」と言いたい「権力闘争論者」に支配された日本のメディアが、「核心」という言葉を見つけて、鬼の首でも取ったように「ほらね、やっぱり(集団指導体制を撤廃して)一極集中を狙いたいんだ」と煽っているだけである。

◆日本の国益を損ね、国民をミスリードする日本メディアの罪

 このような誤導をする日本のメディアは、日本の国益を損ねるだけでなく、日本国民に災いをもたらす。
 なぜなら、
 「中国における腐敗の根がいかに深く、いかに広範で、手が付けられないほどになっているか」そのため、
 「中国の覇権にも、中国経済の成長にも限界が来る」
という現実を見逃させるからである。
 腐敗による国家財産の流出は、習近平政権誕生前では、全国家予算の半分に達する時期もあったほどだ。
 全世界に「チャイナ・マネーのばらまき外交」をすることによって、国際社会における中国の地位を高めようとしている中国としては、財源がなくなっていくのは大きな痛手だ。
 これは、日本の外交政策に影響してくる。
 また、腐敗は調査すればするほど「底なしの範囲の広さ」が明瞭になってくるばかりで、腐敗を撲滅することは、このままでは困難だというが実態である。
 中央紀律検査委員会書記の王岐山(チャイナ・セブン、党内序列ナンバー6)などは
 「100年かけても腐敗は撲滅できない」
と吐露していると、香港のリベラルな雑誌『動向』は書いている。
 「大虎」はまだ捕えやすいが、末端の「ハエ」となると無尽蔵にいて、また互いに利害が絡んでいるため、摘発を邪魔する傾向を持つということだ。
 だから「厳しく党の統治を強化する」というのが、六中全会のテーマだったのである。

 日本人にとって、最も重要なのは、
 「中国の腐敗が続けば、中国の経済は破綻し、それは日本経済に直接響いてくる」
ということだ。
 権力闘争説は、日本人の目を、この現実から背けさせるという意味で、日本国民の利益を損ねる、実に罪作りな視点なのである。
 少なからぬ日本メディアに、猛省を求めたい。



Record china配信日時:2016年10月29日(土) 16時20分
http://www.recordchina.co.jp/a153683.html

習近平氏の「1強体制」くっきり、
6中全会で党の「核心」に、
「反腐敗闘争」の継続も確認

  2016年10月29日、中国共産党の第18期中央委員会第6回全体会議(6中全会)で、党の「核心」と位置付けられた習近平総書記(国家主席)。
 習指導部の2期目の人事を決める来年後半の党大会に向け、「1強体制」はさらに強化された。
 6中全会では今後、「反腐敗闘争」を継続する方針も確認された。

 党の歴史の中で、最高指導者を「核心」と呼ぶ表現が使われたのは、
 「建国の父」毛沢東主席、
 「改革開放」に大きくかじを切ったトウ小平氏、
 「天安門事件」後、総書記に抜てきされた江沢民氏
の3人だけだ。
 中国メディアによると、6中全会で採択されたコミュニケは
 「習同志を核心とする党中央が厳格な党統治を率先垂範してきた」
と強調。習指導部が進める反腐敗闘争を高く評価した。

 習氏を「核心」と持ち上げる動きは、今年に入って目立ち始めた。
 口火を切ったのは習氏に近いとされる天津市の代理書記らで、その後、北京市や湖北省などのトップもこれに追随した。
 党内有数の政治勢力である共産主義青年団(共青団)の有力者で広東省のトップも「核心意識を強めねばならない」と間接的な表現ながら「核心」に言及。
 2月中旬までに、中国本土の31の省・直轄市・自治区の多くに広がった。6中全会に向けての“地ならし”だったとみられる。

 「反腐敗」をめぐっては6中全会に先立ち、中国国営中央テレビ(CCTY)では17日から、汚職摘発で失脚した高官が、カメラの前でざんげする異例の特別番組が8回にわたり放映された。
 党の監督機関・中央規律検査委員会とCCTVの合作で、題して「永遠の途上」(永遠在路上)。
 汚職への厳罰姿勢を強調する習氏の演説映像を随所に挟み、「反腐敗闘争」に終わりがないことをアピールする内容だった。

 12年11月に発足した習指導部は「トラもハエもたたく」をスローガンに、胡錦濤政権時代の周永康・元政治局常務委員ら元最高指導部メンバーも含めて党幹部らを次々に汚職で摘発。
 民間業者との癒着や役職を金で売り買いするなどの党内の風紀の乱れを厳しく批判してきた。

 しかし、腐敗体質は根深く、改まる気配はない。
 中国メディアによると、党規違反などで処分を受けた人数は13年に約18万2000人、14年に約23万2000人、15年に約33万6000人と増え、今年も9月までに約26万人が処分された。

 中国全土にはびこる汚職は中央、地方を問わず権力が共産党に集中する構造と表裏一体。
 6中全会では「党内監督条例」が採択され、中国共産党新聞網は
 「権力行使の制約と監督のメカニズムを整備し、
 権力は必ず責任を伴い、
 権力を行使すれば必ず責任を担い、
 権力を乱用すれば必ず責任を追及
される制度設計を整備する必要がある」
と、その趣旨を解説している。



現代ビジネス 2016.11.01 近藤 大介『週刊現代』編集次長
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/50105

習近平はなぜ「腐敗撲滅運動」を止められないのか?
中国のモグラ叩きは永遠に続く

■「総書記」から「核心」へ

 習近平総書記が主催した年に一度の共産党の重要会議「6中全会」(中国共産党第18期中央委員会第6回全体会議)が、先週10月24日から27日まで北京で開かれた。
 最終日27日の午後に採択された「公報」(コミュニケ)の発表を待っていたら、夜7時45分になって、国営新華社通信のホームページに出た。全文はA5用紙5枚分で、すぐに目を通したが、何だか肩透かしを喰らったような内容だった。

 思えば習近平総書記は、今年1月12日から14日まで北京で開いた中央紀律検査委員会第6回全体会議で、「トップ7」(党中央政治局常務委員)以下、226人の幹部たちを前に、「鉄を打つには自身が硬くならねばならない!」(打鉄還需自身硬)と発破をかけた。
 2月22日には、国際新華社通信、中国中央テレビ、人民日報を訪れ、「全メディアが党の色に染まれ!」と号令をかけた。
 そして2月28日には、党中央弁公庁を通して、「両学一做」(党章・習近平講話を学習し、党員として合格する)運動を、8779万共産党員に向けて発布した。
 こうした年初の威勢を見る限り、10月の「6中全会」を、2017年秋に迫った第19回共産党大会に向けた大きな一里塚と捉えていて、「6中全会」に向けて権力基盤の大幅強化を図っていくものと思われた。
 すなわち、「6中全会」の「公報」には、相当強い表現をもって、自己の権限強化を盛り込もうとしていたはずなのだ。

 「公報」には確かに、この4年間に登場した「習近平用語」が散見された。
 いわゆる
 「四風」(形式主義、官僚主義、享楽主義、贅沢主義)、
 「民主集中制」(人民の最大利益のための権力一任)、
 「党内民主」、
 「実名挙報」(告発者の実名による幹部の腐敗申告)、
 「四個全面」(全面的に快適な社会を建設し、全面的に改革を深化させ、全面的に法治国家を作り、全面的に党を厳しく管理する)、
 「両学一做」、「供給側構造性改革」(今年から始めた5つの経済改革)

 「従厳治党」(厳格に共産党を統治する)、「以上率下」(上が下に範を垂れる)、
 「三会一課」(支部党員大会、支部委員会、党小グループ会、党課を開く)、
 「自我批評」(自己批判)、「党内監督没有禁区」(党内の腐敗監督に禁止区域はない)、
 「八項規定」(贅沢禁止令)・・・。

 また、「公報」の最後の文面を、これまでの類似文書では、「習近平同志を総書記とする党中央」という表現だったのを、「習近平同志を核心とする党中央」に改めた。
 「核心」は、中国では重みを持つ表現であり、共産党トップの総書記として一段階アップしたことを示している。
 だが、そこまでなのである。
 他に目を引いた箇所と言えば、冒頭の「中央委員197人、中央委員候補151人らが参加した」というくだりくらいだった。

■中国でいま何が起こっているのか

 4年前に開かれた第18回共産党大会は、私も北京の現場で取材したのでよく覚えているが、中央委員205人、中央委員候補171人が選出されていた。
 もしかしたらこの間、数人の死去があったのかもしれないが、
 4年間で少なからぬ幹部を失脚させたことを物語っている。
 中央委員や中央委員候補と言えば、中国共産党の党員8779万人(昨年末現在)の頂点に立つ幹部だけに、胡錦濤政権までは、よほどのことがない限り失脚はなかった。
 それが習近平が総書記になって以降、「トラ(大幹部)もハエ(小役人)も同時に叩く」というスローガンのもと、次々に中央委員や中央委員候補たちを失脚させていった。

 「6中全会」に先駆けて、中央紀律検査委員会が、習近平政権が始まった2013年から今年9月までの汚職取り締まり状況を発表した。
 それによると、2013年に18.2万人、2014年に23.2万人、2015年に33.6万人、2016年は9月までに26万人を処分したという。
 計101万人にも上るが、中央紀律検査委員会によれば、処分者の人数が年々増えているところがポイントだとしている。
 それだけ汚職が減らない証拠ではないかと反論したくもなってくるが、ともかく習近平政権は、過去の政権に較べて汚職取り締まりを徹底していると強調しているのだ。
 たしかに、過去4年間の習近平体制の最大の成果はと問われれば、激烈な「反腐敗運動」ということになるだろう。
 この8月に北京へ行った時に、ある中国の有力メディア幹部に、「習近平総書記が反腐敗運動に躍起になる理由」について訊ねてみた。
 すると、次のような答えだった。

「それには二つの側面がある。
 一つは、このまま『全民腐敗』(全国民が腐敗しているという流行語)が続けば、腐敗によって中国は崩壊してしまうという危機感だ。

1].わが国には、西洋におけるキリスト教、中東におけるイスラム教のような
 国民的宗教がない
 あるのはカネ崇拝だけだ。
 しかも世界第2の経済大国に急成長したため、他国に較べて腐敗が蔓延しやすい土壌がある。

2].もう一つの側面は、腐敗撲滅の名を借りた権力闘争だ。
 反腐敗運動は多くの国民から支持されるので、それにかこつけて政敵である江沢民一派などを倒していけば、自らの権力基盤が強まると考えた」

 このメディア幹部は、「6中全会の直前に放映すべく、すごいドキュメンタリー番組を、中国中央テレビが撮影中だ」と教えてくれた。それが、10月17日から24日まで8夜連続で、夜8時から9時前まで放映された『永遠に路上に』(永遠在路上)だった。
 「腐敗撲滅運動を永遠に続ける」という意味で、この4年間の習近平体制の腐敗撲滅運動の成果を世に問うた番組だった。
 私は8夜連続で、中国中央テレビのインターネット生放送で観て、先週末に改めて8時間ブッ通しで、もう一回観た。
 この作品は、過去に中国中央テレビが放映したドキュメンタリー番組の中でも、最高傑作の一つと言える。
 とにかく、中国でいま何が起こっているのかが、これほどリアルに分かる番組はない。
 獄中の幹部たちが次々にインタビューに応じ、自分が行ってきた汚職のカラクリを明かし、映像で現場を検証していく。

 お時間のある方は、ぜひご覧いただきたい。
 第1話の視聴アドレスは、下記の通りである(8話まですべて無料)。

http://tv.cntv.cn/video/VSET100252386413/cbc3eec6a4034849b202cfa3639a72fa

以下、8話分の内容の要旨をお伝えする。

■:第1話 人心が背を向ける

 習近平総書記は、2015年の国民向け新年祝賀メッセージで、異例のスピーチをした。
 「腐敗分子は発見し次第、処分する。腐敗あるところに懲罰あり、汚職あるところに粛清ありだ!」。
 1945年に延安で、毛沢東主席が似たようなスピーチをした。

 元全国人大(国会)環境資源委員会主任の白恩培は、10年間務めた雲南省で、自分の王国を築いた。
 自家用ジェット、豪華マンション、高級車・・・賄賂漬けの日々だった。
 習近平時代に入った2013年、中央第五巡視組が雲南省に入り、調査を開始。
 2016年10月9日、2年の執行猶予つき死刑判決を受けた。
 獄中から白恩培が語る。
 「自分は幹部として、年収数十万元で生活は事足りたのに、2005年還暦の時に病を患ってから金銭欲が抑えきれなくなった。
 党と人民に心からの深いお詫びを申し上げる」

 2015年7月24日、習近平時代に入って初の現役の省トップとして、周本順河北省党委書記が失脚した。
 周は河北省党委書記になるや、軍事施設だった16部屋、800㎡の招待所を勝手に改装し、湖南省から連れてきた二人のコック、二人のお手伝い(うち一人はペット用)、運転手、秘書に百万元(約1500万円)以上の年俸を払い、彼らと贅沢三昧の生活を始めた。
 また息子を溺愛し、「息子に1千万元(約1.5億円)賄賂を渡したら、すぐに土地開発の許可が下りた」(獄中の元湖南省の不動産会社社長)。
 周本順本人が獄中で述懐する。
 私は赤貧の中で育ち、若い頃は腐敗した幹部に強い恨みを抱いてきた。
 だが後年、自分も同じ人間に成り下がってしまったことに、強い悲哀を感じる・・・」

 四川省のナンバー2(副党委書記)として13年間君臨し、発覚しただけで3979万元(約7.3億円)を着服した李春城も、獄中で泣きながら語る。
「10代の頃から共産党に憧れていて、入党して社会の進歩に役立ちたかった。
 それがいつのまにか思想が変わってしまった。
 党にごめんなさい、人民にごめんなさい・・・」

 習近平政権の原則は、「禁止区域なし、全部をカバー、容認ゼロ」だ。
 周永康、薄煕来、郭伯雄、徐才厚、令計画、蘇栄・・・どんな最高幹部だろうが容赦なく入獄させてきた。
 今年7月1日の共産党創建95周年で、習近平総書記はこうスピーチした。
 「執政党である共産党が直面している最大のリスクが腐敗だ。
 腐敗分子は党内に隠れる場所がないと思え!」

■:第2話 上司が部下の範を垂れる

 2012年11月に共産党総書記になった習近平は、翌月初めての視察先に広東省を選んだ。
 ただのライトバンが、深圳の道路を走っている。
 白バイの警官隊はなく、赤信号になれば停まり、何の道路規制もない。
 普通の部屋に泊まり、普通のものを食べる。
 これが「習近平スタイル」で、直前に発令した「八項規定」(贅沢禁止令)の範を垂れたのだ。

 「あんなの一時のことだろうと思っていた・・・。
 私の人生で最大の失敗は、『清』の字がなかったことだ」
 谷春立・元吉林省副省長は、獄中で回想する。
 毎夜毎夜、大宴会を繰り返し、数千万元の賄賂を受け取っていた谷春立のところに、2015年8月に調査のメスが入った。
 現在の巴音朝魯・吉林省党委書記が語る。
 「谷春立のせいで、吉林省は上から下まで賄賂漬けになっていた。
 一罰百戒によって、皆が清らかになった」

 毛沢東主席は、1927年に井崗山で、「三大紀律・八項注意」を発令した。
 この清廉潔白な精神によって、共産党軍は全国統一を成し遂げた。
 その伝統は、「八項規定」に受け継がれている。

 広州市内を一望のもとに見渡せる白雲山のレストラン。
 いまは庶民が楽しげにランチを楽しんでいるが、2014年6月に万慶良・広州市党委書記(市トップ)が調査を受けるまでは、一般人は近寄れない高級料亭だった。
 ウエイトレスが証言する。
 「万慶良は70回以上ここへ来て、水晶のシャンデリアの席で山海珍味を味わい、深夜まで麻雀、カラオケ、ダンスに興じていました。
 私たちは皆、万を嫌っていました」
 万本人も獄中で語る。
 「すべて企業に払わせていた。
 あのような生活が普通のことと思っていた・・・」

■:第3話 石を踏んで印を留める

 清の時代から茅台(マオタイ)酒で有名な貴州省茅台鎮。
 2012年末に習近平総書記が「八項規定」を発令するまで、茅台酒は高級贈答品の代表格だった。
 それまでは生産品の3割以上を「公務用」として出荷し、残りを市場に出していた。
 売り場では毎日行列ができ、一人2本までに制限していた。
 ところが「八項規定」によって「公務用」は1%未満となった。
 茅台酒の袁仁国会長は、
 「すばらしい『八項規定』のおかげで、長期的に見て白酒産業の健全な発展につながる」
と感謝する。

 「茅台腐敗」の典型が、天津市にある年商300億元(約4500億円)の国有企業、天津市医薬集団会長の張建津だった。
 年代ものの茅台酒の収集が趣味で、賄賂には高級茅台酒が欠かせなかった。
 獄中の張が語る。
 「高級茅台酒を飲みながら、活きた伊勢えび、アワビ、ナマコ、スジアラ(高級白身魚)を食べるのが最高だった。
 顧客からミラノ旅行をプレゼントされた時は、誕生日の夜、1万ユーロの食事をしたし、香港では体長1mのワニを調理させた」
 張は調査を受けてからも、自社の会議室を改装して夜な夜な大宴会を繰り返していた。

 巡視組が調査した55の国有企業中、91%で似たような問題が起こっていた。
 中国石油化工集団の王天普社長は、1回で4万元(約60万円)の食事をしていたし、中国中投証券の竜増来会長は、3万元(約45万円)以上のゴルフ接待漬けの日々だった。

 2015年1月に調査のメスが入った楊衛沢・南京市党委書記が獄中で語る。
「私はもともと下戸で、海鮮料理も好きではなかった。
 でもだんだんと賄賂漬けの日々に慣れてきた・・・」

 中央紀律検査委員会は、「群衆監督」と題して、2013年3月19日より、インターネットで国民が幹部の腐敗を通報できるシステムを始めた。
 これが効果を発揮し、今年1月から8月までの通報は1万9302回。
 このうち966件調査を行った。
 同じ期間で「八項規定」違反者は2万6609人に上った。

■:第4話 常に戦場

 面積は全国の60分の1ながら、全国の4分の1の石炭産出量を誇る山西省。
 2014年夏、任潤厚副省長以下、「幹部7人組」が、次々にひっ捕らえられた。
 省都・太原市の党委書記(市トップ)は3人連続で捕えられ、
 2014年だけで省内の幹部1万5450人、副市長級幹部が45人も捕えられた。
 まさに腐敗まみれの省だったのだ。

 4458万元(6.9億円)を着服して懲役15年を科せられた元山西省党委常務委員の聂春玉が獄中で語る。
 「山西省は、上から下までピラミッド式の腐敗構造になっていた。
 例えば春節の前になると、省内の部下たちから石炭会社の社長まで、私のオフィスに挨拶に訪れ、一人2万ドルから3万ドルを置いていった。
 そのため誰が賄賂をくれたかではなくて、誰がくれなかったかをチェックしていた」

 山西省呂梁市離石区党委書記だった蘭剛平も、獄中で語る。
 「2002年の幹部選抜試験で抜群の成績を取ったのに、10人中6人が選抜された中に、自分が入れなかった。
 その時に、『金で官位を買う』という『潜規則』(不文律)を知った。
 それで2006年に初めて金を使ったら、あっさり幹部に選抜された。
 金を使わないと何十年経っても出世できないので、仕方なかった」

 東漢と西晋は腐敗で滅んだ。
 逆に文景の治と貞観の治の時は腐敗に厳格だった。
 山西省と同様、江西省もひどいことになっていた。
 2007年に江西省党委書記に就任した蘇栄は、江西省の腐敗大王と化した。
 南昌鋼鉄(国有企業)の資金を10億元(約150億円)流出させたのを皮切りに、陶器の産地で世界的に有名な景徳鎮を私物化し、百万元(約1500万円)以上の賄賂を各地から取っていた。
 妻が深圳の病院で手術した時には、江西省の幹部たちが皆、大金を抱えて飛行機で見舞いに行った。
 獄中の蘇栄の弁。
 「党の先輩たちに合わせる顔がない。
 私が省のトップでなければ、妻も息子も金の亡者になっていなかっただろう。
 私は夫として父として、家族をダメにした」
 上司に渡した賄賂は、すなわち部下や企業から巻き上げたものだ。
 まさに悪貨が良貨を駆逐するがごとく、中国の地方は上から下まで汚職まみれとなっていったのである。

■:第5話 紀律を前面に掲げる

 天津市麻薬管理局長の馮力女史は、2015年12月、天津市司法局の幹部から呼び出しを受けた。
 馮力が回想する。
 「私が多額の隠し財産をこしらえていると、内部通報があったというのです。
 これまで真面目に働いてきて、違法行為など一度も行ったことはないので、心が動揺しました」
 結局、馮力に関する内部通報は虚偽だったことが判明した。
 このため、中央紀律検査委員会が出動せずに済んだ。

 2015年9月、王岐山・中央紀律検査委員会書記は、福建省を視察した際、4つの監督・紀律執行形態を指示した。
 罪の軽い順から、
 ①自己批判、
 ②党規軽処分、
 ③重処分、
 ④司法機関による立件捜査
である。
 その後、1年間で、
 ①が60%、②が28%、③が8%、④が4%
となった。
 つまり、党・政府内の自浄能力が増しているということだ。

 1921年7月、浙江省嘉興の南湖の紅船上で、「中国共産党綱領」が採択された。
 15条からなる900字ほどの綱領だったが、「法律違反は規律違反から始まる」とするその精神は、現在の中国共産党の党規に生かされている。
 腐敗は、小さいところから始まる。

 2015年11月に調査を受けた呂錫文・北京市党委副書記(女性)もそうしたケースだった。
 獄中の呂が語る。
「北京市西城区の金融街に国有企業が高級マンションを建てた時、西城区の責任者だった私は、『内部価格です』と言われて、格安で1軒もらった。
 家族や親族も欲しがったのでそれを告げたら、計5軒くれた。
 それが初めてもらった賄賂だった。
 以後、出世に伴って、賄賂漬けの日々となっていった。
 見ているのは上だけ、求めるのは賄賂だけ、一般庶民とはあまりにかけ離れてしまった。
 ある時、貧困時代の知り合いと偶然街で会ったが、自分は別世界の人間なのだと思い無視した。
 いまとなってはすべて、後悔する思い出だ」

 2012年12月に「八項規定」が出されてから、2016年8月までで、紀律検査委員会は18万7409件を処理し、9万1913人を処分した。
 賄賂は社会の潤滑油だという人がいるが、最後は経済発展を毀損することになる。
 そして世界中の人が言うのは、
 「絶対権力は絶対的な腐敗を生む」
ということだ。

■:第6話 ハエをはたき汚職を懲罰する

 2014年7月、中央巡視組は、ある問題を指摘した――
 基層腐敗、
 蠅式腐敗、
 小官巨腐、
 微腐敗、
 蠅貪・・・。
 つまりトラ(大幹部)でなくハエ(小役人)であっても、抜き差しならない巨悪が多々存在するということだった。

 西安市のある社区居民委員会主任だった於凡は、1.2億元(約18億円)も着服していた。
 北京市の朝陽区孫河郷の一介の党委書記だった紀海義も、9000万元(約14億円)着服していた。

 「小官巨腐」の温床地と言えば、北京市を取り囲む河北省である。
 河北省紀律検査委員会書記の陳超英が語る。
 「この1年で、9000件以上を立件し、6000人以上を調査してきた。
 うち100万元(約1500万円)以上着服していた者が190人、1000万元(約1.5億円)以上着服していた者が31人もいた。
 誰もが小役人なのに、巨悪だった」

 安徽省烈山村の党委書記だった劉大偉は、村の財産1.5億元(約23億円)以上を持って村から消えたため、村は存亡の危機に陥った。

 貴州省沿河県大木旁村は、2012年に豪雨に見舞われ、甚大な被害を受けたため、民政部が村に2万元(約30万円)の見舞金を出した。
 だが村の党支部書記と二人の党委員で山分けしてしまい、村人には内緒にしていた。
 貴州省は、「天に三日の晴れなく、地に三尺の平地なく、人に三分の銀なし」と言われる中国最貧困地域である。
 同省の陳敏爾党委書記は、省内に「民生監督組」と呼ばれる民間による監督組織を1487個作った。
 調査した地域の3分の2で、大木旁村のようなケースが見つかっている。

■:第7話 天網が逃亡を追いかける

 2014年12月22日、それまで2年半にわたってアメリカに逃亡していた元遼寧省鳳城市党委書記の王強国が帰国した。
 過去十数年で初めて、外国から戻ってきた腐敗犯罪容疑者だった。
 2012年4月24日火曜日の午後、丹東で省の会議があったが、王強国は現れず、妻とともに瀋陽桃仙空港にいた。
 獄中の王が語る。
 「アメリカへ逃げたけれども、身を隠して不安で仕方なかった。
 病院へも行けない、交通機関にも乗れない。
 ホテルへも泊まれない。外へ出れば狙われると思い、借りたアパートにずっと隠れていた。
 何ヵ月か経って、ボストンに留学中の娘に電話した。
 娘から『党の幹部なのに、金に困ることはなかったでしょう?』と質され、言葉に詰まってしまった。
 その後、バスを乗り継いでシアトルからロスに移った。
 人に見つからないようにと希望していたが、それは絶望の旅だった・・・」

 マイケル・チェン(程慕陽)は、バンクーバーで不動産王となり、娘はカナダ青年自由党の支部主席となった。
 2015年4月22日、中国当局は「紅色指名手配百人リスト」を世界に向けて発表した。
 仏リヨンにあるインターポール本部は7種類の指名手配を出しているが、紅色は最も重要な指名手配だ。
 百年の歴史を誇るインターポールでも、百人もの指名手配が同時に出したのは初めてだった。
 マイケル・チェンは、多額の国有資産を持ち逃げした容疑で、「百名紅色指名手配」の69番目に名前が出ていた。
 この指名手配が出てすぐに、マイケル・チェンはバンクーバーから姿を消し、会社も潰れた。

 「外逃貪官」は、1990年代末から本格化した。
 1999年に福建省の脱税王・頼昌星が逃亡し、2001年には中国銀行開平支店長だった余振東が逃亡した。
 2015年4月25日、「百人リスト」の中で戴学民が、第一号として帰国した。
 5月9日には、同じく李華波がシンガポールから戻ってきた。

 江西省の小役人だった李は、勤めていた地方自治体の収入の4分の1にあたる9400万元(約15億円)を着服して、中国と犯人引き渡し条約のないシンガポールに逃亡した。
 獄中の李が語る。
 「弁護士は、シンガポールは中国と法律が違うから大丈夫だと言ったが、いきなり移民書類偽造罪で捕まり、ロクなことはなかった。
 故郷の父親が死んだことも知らなかった」

 2014年、中央紀律検査委員会、最高法院、最高検察院、外交部、公安部、国家安全部、司法部、人民銀行の8機関が集まり、中央反腐敗協調小グループを作って、国際追逃追脏工作協調規制を始めた。
 この小グループが翌2015年3月27日に定めたのが、「天網行動」(天に網をかけて国外逃亡犯を捕まえるアクション)だった。
 国内は腐敗防止の第一の戦場、国外は第二の戦場だ。
 「百人リスト」の中で、今年8月までに33人が帰国している
 いまや海外は法外ではなく、世界のどこにも「避罪天堂」はない。
(注:ということは2/3は今も逃亡を続けていることになる、避罪天堂は世界中にあるということにもなる)

■:第8話 腐敗とその根源を同時に断つ

 2016年7月1日、共産党創建95周年のスピーチで、習近平総書記は「初心を忘れることなく、継続して前進する」(不忘初心、継続前進)を10回も強調した。
 1949年に北平(北京)に入った毛沢東は、「今日は終わりでなく道は続いている」と述べた。われわれは建国以来の歴史を教訓として、前へ進んで行くべきだ。

 重慶市人大常務委員会副主任(市会副議長)だった譚栖偉が、獄中で述懐する。
 「私は重慶郊外の赤貧の山林地区で育った。
 地元の官吏だったが、43歳で重慶市南岸区の責任者に抜擢され、人生が狂った。
 それまでは人に会う時は出かけていたが、以後は誰もが頭を下げてやって来るようになった。
 1998年に南岸区に南浜路の目抜き通りを整備した時は、建設業者を自分で決めてしこたま賄賂をもらい、路上の広告までも広告代の半額をピンハネした。
 南岸区は私の思うがままで、私とのコネはクレジットカードのようなものだった。
 そのくせ、会議のたびに清廉潔白に努める講話を述べていたのだから、いま思えば笑ってしまう。
 捕まる少し前、故郷の母のところへ行ったら、母の家にも贈答品が山積みされていた。
 古参の共産党員である母は、『こんな狭い家にモノが多すぎて暮らせない』と怒り、私をひっぱたいた。
 党と人民と父母にお詫びしたい」

 権力自体に善悪はなく、ただの道具である。
 その道具を善にずるか悪にするかは、それを使用する人間次第だ。
 「権」の漢字の語源は、「杖を持った人が鳥のようにさえずる」という意味で、他人に影響を与える人間を象形化している。

 2014年12月10日、官庁の中の官庁である国家発展改革委員会の副主任だった劉鉄男の裁判が行われた。
 そこで無期懲役刑を受け、賄賂として受け取った3558万元(約5.5億円)を没収された。
 獄中の劉が、泣きながら語る。
 「国家プロジェクトを批准するかしないか、先にするか後にするかは、すべて私の胸先三寸だった。
 それは息子の劉徳成の会社への賄賂の多寡で決めた。
 出来の悪い息子で、私が助けてやるしかなかった・・・」

 劉に賄賂を贈った化学工業会社社長の邱が、獄中で明かす。
 「劉の息子に825万元(約1.3億円)の賄賂を渡したら、すんなり発展改革委員会の批准が下りた。
 誰もが同じ手を使っていたようだった」

 発展改革委員会は、2014年だけで11人も失脚し、うち6人が千万元(約1.5億円)以上の賄賂を受け取っていた。
 魏鵬遠・石炭局副局長などは、自宅に2億元(約36億円)以上の現金を隠していた。

 国有企業の経営者たちも、賄賂漬けになっていた。
 武漢鉄鋼集団会長だった鄧崎琳は、2009年に本社内に、自分専用の豪華な屋内プールを作らせた。
 獄中の鄧が語る。
 「一介の工員として入社してから40年、社長になって人間が変わった。
 企業管理、政策決定、主要人事など、自分の鶴の一声で決まるので、自分が誰なのか分からなくなっていった。
 会社のすべてが自分の所有物のように思えた」

 2013年9月1日、国有資産監督管理委員会の蒋潔敏主任(大臣級)が失脚した。
 中国石油天然ガスのトップとして、9つの油田開発権に関してだけで、30億4696万元(約470億円)の賄賂を受け取っていて、
 懲役16年を言い渡された。
 獄中の蒋が語る。
「私が国家と人民に与えた損失は計り知れない。
 私が行ったどんな決定にも、部下たちが口を差し挟むことはなかった。
 一人がすべての権限を握っていることが、ほとんどすべての問題の根源なのだ

■永遠に続くモグラ叩き

 以上である。
 本当に意味深な8回シリーズのドキュメンタリー番組だった。

 「どうせ習近平政権の宣伝番組だろう」と思われるかもしれない。
 それは確かにそうである。
 だがその反面、単純な宣伝番組でもない。
 前出の中国のメディア幹部によると、一部の共産党幹部は、
 共産党は腐敗政党だというイメージが定着する」
と言って、この番組の放映に反対したという。

 また、この番組を見ると、「習近平総書記が中国で独裁的な権力を手にした」などとは、到底言えないことが分かる。
 習近平政権は日々、日本の25倍もある国土でモグラ叩きをやっているようなもので、叩いても叩いても腐敗分子や政敵はなくならないのである。

 私はこの番組の最後で、習近平総書記の最大の政敵である江沢民派のかつての大番頭、蒋潔敏が獄中で独白するシーンを見ていて、これは習近平総書記に対する警告ではないかとすら感じた。
 「一人がすべての権限を握っていることが、ほとんどすべての問題の根源だ」
と、3回も繰り返すのだ。

 番組では「監視と監督のない権力は必ず腐敗する」とも説いている。
 習近平政権には、野党の追及もマスコミの監視も国民の審判(民主選挙)もない。

 思えば、いまから2000年以上も前の漢の時代に、司馬遷は『史記』を書いた際、最悪の上司だった武帝を誉め殺しした(本紀第12)。
 この番組も、習近平総書記に対する誉め殺し番組と言えないこともないのだ。

 いずれにしても、中国において権力掌握は大変困難なことであると、改めて痛感した。



ダイヤモンドオンライン  2016年11月8日  加藤嘉一
http://diamond.jp/articles/-/107035

天安門直後と似た情勢!?習近平自ら権力を集中させる理由

■10月下旬に開催された六中全会
“反腐敗闘争”を内外に知らしめる!?

 10月24~27日、中国共産党の第18期中央委員会第6回総会(六中全会、以下“会議”)が北京で開催された。
 約1年後の来秋に党の第19回全国代表大会を開催予定というタイミング。
 共産党指導部として、この時期に何を求め、謳い、打ち出していくのかを占う上で、注視するに値する一つの政治会議であった。

 197人の中央委員と151人の中央委員候補などが出席した会議では《新たな情勢下における党内政治生活に関する若干の準則》(以下“準則”)、《中国共産党党内監督条例》(以下“条例”)《党の第十九回全国人民代表大会開催に関する決議》(以下“決議”)という三つの公式文書が採択された。
 決議は2017年下半期に党の第19回大会を北京で開催する旨を決定した。

 会議はこれまで中央候補委員だった趙憲庚・中国工程院副院長と咸輝・寧夏回族自治区副書記の2人を中央委員に昇格し、中央政治局がすでに決定していた、王眠・遼寧省元書記(元中央委員)、呂錫文・北京市元副書記、範長秘・蘭州軍区元副政治委員、牛志忠・武装警察部隊元副司令員(以上、元中央委員候補)に対する党籍剥奪の処分を確認した。

 処分を確認された4人のうち、王と呂に対しては中央規律検査委員会が、範と牛に対しては中央軍事委員会が党紀律違反に関する審査報告を作成し、中央政治局の决定、そして今回の会議における確認につながった。
 今期共産党指導部を率いる習近平総書記が、王岐山中央規律検査委員会書記を右腕に大々的に展開してきた“反腐敗闘争”が、党・軍を跨いで着実に進んでいることを、このタイミングで内外に知らしめようとする政治的意図を感じさせた。

 私は会議が北京で開催されていた期間、遼寧省と浙江省からその模様を観察していたが、三つの文書のうち、準則と条例はいずれも共産党の権威を誇示し、共産党体制内部における団結と安定を強化しようという“反腐敗闘争”の範疇を超えるものではなかった。

■党員・幹部に対して
模範的な政治生活を示せと要求

 会議が採択した六中全会のコミュニケは、党内における幹部、特に高級幹部に対して厳しく自らを律し、決して党紀律に違反する行動をしてはならないことを要求すると同時に、党中央の権威を断固として擁護し、党中央による集中的・統一的な領導の堅持を呼び掛けた。』

次の段落などは現政権の色を鮮明に出しているように聴こえる。

 「一つの国家、一つの政党にとって、領導の核心は極めて重要である。
 全党はその思想、政治、行動において自覚的に党中央と高度な一致を保持しなければならない。
 党の各レベル組織、党員全体、特に高級幹部は、党中央、党の理論・路線・方針、党中央による政策決定を右に倣えで見なければならない。
 そして、党中央による提唱には断固として呼応し、党中央による决定を断固として執行し、党中央が禁止する事柄は断固として行ってはならない」

 “高級幹部”に対する強調と要求は会議を象徴するメルクマールのように映った。
 コミュニケが記す次の段落はいま現在、党指導部が何を考えているかをチェックするうえで参考になるだろう。

 「党内における政治生活の強化と規範化の重点対象は各級の領導機関と領導幹部であり、
 肝心なのは高級幹部、特に中央委員会、中央政治局、中央政治局常務委員会を構成する人員である」

 コミュニケに記されている「党内監督に聖域はない。例外もない」の部分とも呼応しているように見えるこの部分であるが、興味深いのは、高い位にある幹部に対し、"特に"中央委員会、中央政治局、中央政治局常務委員会と特定する形で、厳しく自らを律し、断じて腐敗に手を染めず、自らよりも低い位にいる党員・幹部に対して模範的な政治生活を示せと要求している点である。

■状況次第では常務委員にまで手を伸ばす

 これが何を意味しているのか。
 私は三つのインプリケーションを見出す。

★.一つ目に、“反腐敗闘争”の主体機関、王岐山率いる中央規律検査委員会によって立件・捜査される、即ち政治的に失脚する(中国語で“落馬”)対象には政治局委員、そのなかの常務委員(トップセブン)も含まれるということを示している。
 党内で極めて重要な地位にあり、特に公安や司法の分野で権力を誇っていた周永康政治局元常務委員が失脚したように、今後も引き続き、状況次第では常務委員(経験者含む)にまで手を伸ばすこともあり得るということだ。

 もちろん、よほどのことがない限り、習近平総書記が対象になることはないだろうが、私の感覚では、それ以外の6人は“反腐敗闘争”の対象を逃れられないであろう(同闘争を習総書記と二人三脚で展開してきた王岐山書記も原則考えにくい)。

★.二つ目に、習近平・王岐山両書記が、高級幹部の腐敗、特に中央政治局をはじめとする政権中枢で起こる権力闘争に絡むような腐敗や混乱こそが、共産党の安定や権威を脅かし、それが引き金となって国家社会が不安定な状況に陥る政治リスクを内包すると考えていることである。
 両書記が、父親の代が革命世代で、共産党だからこそ天下を獲り、国を造ったという認識を強く持つ“紅二代”だからこそ抱く危機感であると言えよう。

★.三つ目に、高級幹部から自らを律し、厳しく要求することで、非高級幹部、すなわち低中級幹部らを宥め、激励していく目的があるように思われる。
 本連載でも扱ってきたが、“反腐敗闘争”の副作用・後遺症として、中央・地方における低中級幹部らが、「明日は我が身」と取り調べられるのを恐れるあまりに何もしなくなる事なかれ主義が蔓延し、
 その過程で経済成長や構造改革に関わる政策やプロジェクトが進まなくなり、経済情勢全体にネガティブな影響をもたらし、結果的に共産党の正統性に傷がつくというシナリオは共産党指導部を悩ませてきた(過去記事参照:中国共産党の反腐敗闘争が経済改革にもたらす逆効果)。

■各地の幹部に「改革派たれ!」と
激を飛ばしてきた習近平や李克強

 そんな危機意識の表れとして、習近平や李克強といった国家指導者は中央における会議や地方視察などの場面を利用して、各地の幹部に対し「改革派たれ!」と激を飛ばしてきた。
 何もしない、自ら率先して動かない幹部も捜査・処分の対象になり得ると警告してきた。
 私が“二重の恐怖政治”と呼んできた構造がここに横たわっている(過去記事参照:“二重の恐怖”に怯える中国官僚から“改革派”は生まれるか?)。

 この流れを受けて、コミュニケも、各地の幹部に対し次のように檄を飛ばし、圧力をかけている。

 「事実に基づいて党に対して状況を反映、報告せよ。
 表裏のある“両面人”を演じることに反対せよ」

 「指導者に関する宣伝は実質に即したものであるべきだ。
 ごますりは禁物だ」

 「人的・物的資源を浪費する、業績を残すための上辺だけの全ての工程・行為に対して、厳しい問責、責任追及を行い、紀律と法律に依って処理をする」

 六中全会閉幕後、全国政治協商会議(主席は序列4位の兪正声)が王岐山書記を招待し、報告会を主催した。
 六中全会の精神を全国各機関に普及させるための手配であると思われる。
 この席で、王書記は全会を振り返りつつ、次のように言及した。

「信任は監督に取って代わることはできないという理念を、党内政治生活と党内監督の中に貫徹させなければならない」

 この一節は、往々にして人間関係を含めた人為的要素によって内部の秩序や慣習が左右されやすい共産党体制であるが、それを打ち破り、監督を徹底化、常態化、制度化させることによってのみ、その体制は保たれていくという習・王の潜在意識を裏付けているように私には映った。

■習近平総書記自ら己を“核心”に
一層の権力集中は必至

 「習近平同志を核心とする党中央」――。

 この言葉以上に六中全会の“成果”を象徴している要素はないように私には思える。
 2003~2012年の胡錦濤時代、そして党の第18回大会が行われた2012年秋からこれまでの4年間、政治の表舞台においては封印されていた概念こそが“核心”というものである。

“核心”とは1989年に勃発した天安門事件後、当時、中央政治において実績も知名度もなかった江沢民が、時の最高権力者・鄧小平に指名され、総書記の座に就く過程において台頭してきた一種の称号である。
 天安門事件は共産党指導部に党内の団結や国家の安定という観点から世紀の危機感を与えた。
 国際社会における孤立も懸念された。

 そんな中、共産党の安定や権威を担保するためには“核心”を打ち出し、権力が分散し、求心力が低下するのを防ぐ必要がある、さもなければ、内憂外患の局面は乗り切れない。
 鄧小平はそんな危機感を抱き、自らが指名した無名の江沢民に箔をつけようとしたのだろう。

 毛沢東、鄧小平という最高権力者に続いて、“核心”としての称号的地位を得た江沢民は、1989年6月から2002年11月、13年半にわたって中共中央委員会総書記を務めた。
 江沢民の後を継いだ胡錦濤前総書記もまた鄧小平によって後を託された国家指導者であった。
 異なっていたのは、胡錦濤には“核心”という言葉は使われなかった。

 その理由は定かではない。
 胡錦濤が2002年に総書記に就任する際に鄧小平がすでに逝去していたからなのか。
 前任者である江沢民が後任者に“核心”を使わせることに後ろ向きの姿勢を持っていたのか。
 胡錦濤本人が拒絶したのか。
 あるいは鄧小平が逝去する前に、胡錦濤が総書記に就く際には“核心”を使うべきでないという“遺言”を残したのか。
 少なくとも私には真相を知る術がない。

 なにはともあれ、六中全会を通じて“核心”が解禁された。
 鄧小平はもういない。
 習近平総書記自ら、己を“核心”へと位置づけたのである。
 これによって、共産党指導部というよりは、体制内部における習近平総書記の権力強化、および体制内部において習近平により一層権力が集中するのは必至と言える。

■“核心”にふさわしい地位と権威を
公式に理論化するための手続き

 党機関紙《人民日報》が2016年10月28日付の社論《堅定不移推進全面従厳治党》において次のように指摘しているのは解読に値する。

 「習近平総書記は新しい偉大な闘争の実践のなかですでに党中央、全党の核心になっていた。
 今回の全会が正式に“習近平同志を核心とする党中央”を提起したことは、全党・全軍・全国各民族・人民の共通の願いを反映しており、党と国家の根本的な利益がそこにあり、党による領導を堅持・強化していくための根本的な保証である。
 それはまた、多くの新しい歴史的特徴を持つ偉大な闘争を行っていくことであり、中国の特色ある社会主義という偉大な事業を堅持・発展させていくための切迫した需要なのである」

 この段落で私が注目したのは前半部分の「すでに~なっていた」と「今回の全会が正式に~」である。
 これは、習近平が総書記に就任して以来約4年の月日が経ったが、この期間を通じて、習総書記が“核心”と呼ぶにふさわしい地位と権威を築いてきたこと、今回の全会はそれを公式に理論化するための手続きであったことを物語っている。

 実際に、《人民日報》の同社論が「党中央、全党には一つの核心がなくてはならない」と主張しているように、近年の党中央内部・周辺の流れが“核心”に集約されていったということなのだろう。
 習近平本人が“核心”を念頭に総書記に就任したのか、就任してからあらゆる政策を立案・実行する過程で“核心”が現実味を帯びてきたのかは定かではない。

 私自身は後者に与するが、同時に思うことは、習近平総書記率いる指導部は“核心”を持ち出したくて封印を解いたというよりは、そうせざるを得なくなってそれを解禁したという側面もあるのではないかという点である。

■内憂外患で天安門事件直後に似た情勢
党内体制の引き締めが狙い?

 習近平総書記からすれば、現状は内憂外患に覆われた天安門事件直後の情勢にある意味似通っているということなのかもしれない。
 先行きが不透明な経済情勢や構造改革、
 そしてそんな情勢と改革に負のインパクトを与えかねない、というよりも党指導部自身が実際に与えてしまっていると自覚している“反腐敗闘争”、
 それに付随する幹部や役人の事なかれ主義、
 高級幹部間、部署や領域を越えた権力闘争……、
 朝鮮半島、東シナ海、南シナ海、台湾海峡…。
 新疆ウイグル自治区問題とも絡んでくる“イスラム国”をはじめとしたテロリズムなどに対しても、昨今の党指導部はかつてないほどの警戒心を抱いているように見える。

 この状況を打開していくためには、党内部の体制をいま一度きつく締め上げ、権力集中を習近平に一本化させることで、求心力を維持することが前提となる、さもなければ、党内がバラバラになり、その過程で経済政策が不安定化し、社会不安が蔓延し、結果的に…という思考回路で現状を視て、今後を睨んでいるのではないか。
 だからこそ、内外で注目される党の第19回大会を1年後に控えたこのタイミングで、“核心”、そして党内政治生活や党内監督を厳しく要求する公式文書を採択したのではなかろうか。

 習近平総書記の党の第19回大会に賭ける意気込みがそれだけ強く、深いことの前触れであるように、私には思われる。






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【身勝手な大国・中国】



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2016年10月27日木曜日

インドの動静(2):飛行艇「US-2」インドとの交渉がまもなく成立? 初めて、日本から武器が輸出になるか?

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 オーストラリアへのそうりゅう型潜水艦の売り込みは不発に終わった。
 ただ、これは受注したフランスから技術がじゃじゃ漏れという事態で、オーストラリア政府が少々お冠という尾ひれがついてきた。
 日本政府が次に狙っているのはインドで、「US-2」の売り込みである。
 もしこれが成功すれば、日本の武器輸出は大きく開けてくる。
 日本にとって武器輸出のメインの目的は経済的なものではなく、アジア周辺国に武器を送り込むことで中国の独善を抑えるというのが筋になっている。
 オーストラリアは経済的に中国の傘の下にある。
 比べてインドは中国と肩を並べる姿勢をとっている。
 中国の抑えとしてはオーストラリアより日本にとってインドのほうがいい。
 さらにはインドは中国と陸上での国境線をもっている。
 抑止力という点ではオーストラリアより数倍上になる。
 さて、うまくまとまるだろうか。 


サーチナニュース 2016-10-27 07:09
http://news.searchina.net/id/1621666?page=1

日本の飛行艇「US-2」、
インドとの交渉がまもなく成立?=香港メディア

 香港メディアの鳳凰網は25日、米メディアの報道を引用し、日本側がインド側に対して水陸両用飛行艇「US-2」を1機当たりの価格を2000万ドル(約20億8333万円)下げた1億1300万ドル(約118億円)で12機提供するという交渉が間もなく成立すると伝えている。

 日本は平和憲法に基づき、武器の輸出を原則禁止する「武器輸出3原則」を採用してきたが、2014年に同原則を事実上撤廃し、海外諸国への売り込みを積極的に行っている。
 米メディアのディフェンスニュースは、インドが日本から「US-2」を購入するとなれば、
 「第2次世界大戦後としては初めて、日本から武器が輸出されることになる」
と伝え、
 インドと日本の戦略上の関係の深さ、さらにはインド太平洋海域の地縁政治において、US-2の輸出は非常に重要な意味を持つと指摘した。

 一方、鳳凰網は今回の交渉は2014年に始まったものであり、価格面で2年間折り合いがつかなかったが
「北東アジアの関係が緊張感を帯びつつある今、日本政府がついに値下げに同意した」
と主張。
 また、「インド側にとっても、中国が16年7月に水陸両用飛行艇AG600をラインオフさせたことが刺激となった」と説明、
 今回の交渉成立の必要に迫られていたのは日本側だけではないという見方を示した。

 US-2は紛れもなく世界トップクラスの性能を持つが、中国の一部メディアはAG600の性能はUS-2を凌ぐと主張している。
 また、インドが「US-2」を購入、配備していけば、中国の潜水艦がインド洋に出るうえでの脅威となると主張する中国メディアは多い。
 インドへのUS-2輸出交渉がまとまれば、日本の武器輸出にとって大きな一歩となることは間違いなく、同時にインド太平洋海域における中印の力関係も変化することになるだろう。



Record china配信日時:2016年11月2日(水) 6時30分
http://www.recordchina.co.jp/a154060.html

中国開発の世界最大水陸両用機、
珠海航空ショーで公開―シンガポール紙



 2016年11月1日、シンガポール華字紙・聯合早報によると、中国が自主開発した世界最大の水陸両用機「AG−600」が10月30日、広東省珠海の航空ショーで公開された。

 「AG−600」は09年に開発計画が発表され、今年7月23日に珠海で完成した。
 約2メートルの高波でも、1度に20人を救助できる。
 開発担当者によると、全長37メートル、両翼の幅は38.8メートル、高さ12.1メートル、最大重量53.5トン。
 国産エンジンを4台搭載している。
 最大巡航速度は時速500キロ、最大航程距離は4000キロ。
 20秒以内に水12トンを汲み上げられる。

 今後は森林火災、水上救援活動などに運用される。
 海洋環境観測、資源探査、島しょ部輸送などへの活用も想定されている。





【資料】





●海上自衛隊 救難飛行艇 US-2の実力


●飛行艇US-2 発進離水


●新明和工業 US-2 による実際の救助シーン 海自・防衛省




●US-2 海上自衛隊第71航空隊




●US-2 海上自衛隊第71航空隊





【身勝手な大国・中国】



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2016年10月26日水曜日

フィリピンの中国への急接近(3):日本の約500倍の援助をする中国、フィリッピンは中国に金で買われたということになる

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●NNNニュース


 日中がフィリピンに「ばらまき外交」
ということだが、残念なことに
 日本には「ばらまく」だけの資金がない。
 「5000万ドル:240億ドル」
が本当なら「5:2400=1:480」となり、中国は日本の約500倍の援助をすることになる。
 もうとても太刀打ちできない。
 日本は見切りをつけて、日本スタイルでの援助に特化すべきだろう。
 それしか道がない。
 しかし、本当に中国はそれだけの援助をするのだろうか。
 リップサービスに終わらないだろうか、それが疑念になる。
 中国の大きな援助の多くは途中で投げ出されることが多い。
 それは中国国内の情勢に左右されるからである。


Record china配信日時:2016年10月26日(水) 12時10分
http://www.recordchina.co.jp/a153396.html

日中がフィリピンに「ばらまき外交」、
日本は5000万ドル、中国は240億ドル援助―中国メディア

 2016年10月25日、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が訪日した。
 同大統領は18〜21日の日程で中国を訪問したが、中国メディア・観察者網は安倍政権が中国を追いかけるように「ばらまき外交」をすると報じた。

 BBCは日本メディアの報道を引用し、日本とフィリピン両国の消息筋から安倍首相が会談で巨額の援助を宣言することが明らかになったと報じている。
 農業開発支援に50億円(約5000万ドル)の借款供与を伝えるという。
 また、中国との関係など、フィリピンの新たな外交政策について、安倍首相は説明を求めるとみられている。

 しかし、経済援助額においては、中国は日本を圧倒している。
 BBCによると、フィリピンのラモン・ロペス貿易産業相は21日、
 中国から240億ドル(2兆5000億円)相当の投資と借款
が得られる見通しを明らかにした。
 それに先立ち、ロペス大臣は20日、
 総額135億ドル(1兆4000億円)相当の合意に署名できそうだと明かしているとロイターが報じていた。

 ドゥテルテ大統領はかねてよりフィリピン初の高速鉄道事業への援助を中国に求めており、この合意にはそれに関する中国国家発展改革委員会とフィリピン交通省などによる備忘録も含まれるとみられる。
 今年8月にフィリピンの新規鉄道事業に24億ドル(約2500億円)を借款すると発表したばかりの日本にとって、こうした中国の高額援助は脅威となっている。

 なお、ミンダナオ島はドゥテルテ大統領の地元で、同島の最大都市・ダバオ市長を長年勤めていた。大統領就任後もたびたびダバオを訪れており、地元には強い思い入れがあるという。



ロイター 2016年 10月 26日 22:23 JST
http://jp.reuters.com/article/duterte-south-china-sea-idJPKCN12Q109

[東京 26日 ロイター] -
 安倍晋三首相とフィリピンのドゥテルテ大統領は26日に会談し、中国がほぼ全域の領有権を主張する南シナ海問題について、平和的解決に向けて協力することで一致した。
 同大統領は、国際仲裁裁判所の判断は拘束力があるとの認識を示し、「日本の側に立つ」と語った。

■<南シナ海、「いずれ語る」>

 フィリピンは南シナ海のスカボロ―礁の領有権をめぐって中国と対立。国際仲裁裁判所が7月に中国の主張を退ける判断を下したが、ドゥテルテ大統領は日本に先立ち訪問した中国で、この問題を取り上げなかった。
 
 首相官邸で安倍首相と会談したドゥテルテ大統領は、
 「いずれ語らなければならない問題だが、いまそれを語るべきときではない」
と説明。
 中国と領有権を争う日本とフィリピンの類似点を指摘し、
 「ときが来たときには日本の側に立つ。
 安心してほしい」
と語った。

 これに対し安倍首相は、
 「日本の立場に常に寄り添うことを明言したことに感謝する」
と発言。
 両首脳は「法の支配」の重要性を確認するとともに、南シナ海問題を国連海洋条約などにもとづいて平和的に解決することで一致した。

■<対米関係も意見交わす>

 安倍首相とドゥテルテ大統領は、ぎくしゃくしている米比関係についても意見を交わした。
 安倍首相は米国との同盟の重要性を説明し、ドゥテルテ大統領は
 「米国との外交関係を断ち切るわけではない」
などと回答した。

 自身が始めた麻薬犯罪取り締まりを米国から批判されている同大統領は、米オバマ政権をたびたび非難。
 26日午後に都内で講演した際も、
 「おそらく2年以内に外国の軍隊はフィリピンからいなくなる」
と述べ、米国との軍事同盟解消を示唆していた。

 安倍首相とドゥテルテ大統領はこの日、2度会談した。
 対米関係などを話した2度目の会合は出席者を絞った私的なもので、内容はつまびらかになっていない。

 日本側は、フィリピンに対し213億円の円借款を決定。
 大型巡視船2隻を供与するほか、ミンダナオ島の農業を支援する。
 このほか、反政府勢力を海上で取り締まるための小型高速艇を供与することも決めた。

ドゥテルテ大統領は27日午後に天皇陛下と会見し、離日する。



毎日新聞 10月27日(木)1時41分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161027-00000003-mai-int

<日比首脳会談>ドゥテルテ氏「共有する価値観は民主主義」

 ◇日本重視を打ち出す 共同声明も発表

 安倍晋三首相は26日、フィリピンのドゥテルテ大統領と首相官邸で会談し、南シナ海問題の平和的解決に向けて連携することで一致した。
 米比同盟も念頭に同盟関係が地域の平和と安定をもたらすことを確認。
 自制や非軍事化の重要性に言及した共同声明も発表した。
 ドゥテルテ氏は「(日比が)共有する価値観は民主主義であり法の支配だ」と日本重視を打ち出した。

 首相は会談後の共同記者発表で、南シナ海での中国の権益主張を退けた仲裁判決について
 「国連海洋法条約などに従い平和的に解決することの重要性を確認した」
と述べた。
 ドゥテルテ氏は「紛争があれば、平和裏に解決する価値観を基に緊密に協力する」とした。

 ドゥテルテ氏は20日の中比首脳会談で仲裁判決を事実上棚上げしており、日本は南シナ海問題でのフィリピンとの連携確認で巻き返しを図った格好だ。
 ドゥテルテ氏は会談で仲裁判決について「範囲外の立場を取ることはできない」と述べ、当事国に対して拘束力を持つとの認識を示した。

 両首脳は会談で、日本が大型巡視船2隻を供与する約165億円の円借款を正式決定。
 日比防衛装備品・技術移転協定に基づく海上自衛隊練習機の有償貸与に向け、条件を定めた取り決めも結んだ。
 ドゥテルテ氏が最重視する麻薬対策で首相は、麻薬常習者の更生支援策を年内にフィリピン側に示す考えを伝えた。
 麻薬取り締まりに際しての人権問題には言及しなかった。

 一方、ドゥテルテ氏は東京都内での講演で、
 「2年以内に外国軍部隊は(フィリピンから)出て行ってほしい」
と発言。
 米軍部隊の撤退期限に初めて言及した。
 首相は会談で、アジア太平洋地域での米国の存在の重要性を説明して理解を求め、ドゥテルテ氏は「米国と外交関係を断ち切るわけではない」と釈明。
 これに関し政府高官は「同盟関係の重要性は確認できた」と語った。



中央日報日本語版 10月27日(木)8時9分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161027-00000006-cnippou-kr

予測不可能なドゥテルテ氏、
今度は「われわれは日本側」
…米国には「決別→同盟→チンピラ」

 日本を訪問中のフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が26日、安倍晋三首相と会談を開き、経済・安保分野で協力を強化していくことで合意した。

 安倍首相は首相官邸で開かれた首脳会談で
 「ことしは両国国交正常化60周年だ。
 ドゥテルテ大統領の訪日を契機に両国関係を飛躍的に発展させたい」
と明らかにした。
 ドゥテルテ大統領も中国との領有権紛争に関して
 「われわれは日本と同じ状況にある。
 法支配により平和的に問題を解決したい」とし
 「いつでも日本側に立つ考え」
とこれに呼応した。
 会談終了後に開かれた共同記者会見で、両首脳は
▲:フィリピンの海上警備能力を高めるために日本が大型巡視船2隻を提供すること
▲:立ち遅れている地域の経済を支援するために円借款を供与すること
--に合意したと発表した。
 このような日本の破格的な歓待は領有権紛争中である中国を牽制するにはフィリピンとの関係改善が重要だと判断したためだ。

 ドゥテルテ大統領は先週中国を訪問して習近平中国国家主席と会い
 「中国は偉大な国家であり、両国の長年の友情は揺らぐことはない」
と述べた。
 19日に開かれた海外同胞懇談会では
 「米国に別れをいう時」
 「軍事・経済的に米国と分離されるべき」
と、米国に対して強硬発言を繰り返していた。
 米国最大友好国の日本としてはフィリピンが親中・反米路線を固める状況に心は穏やかでない。

 しかし、日本を訪れたドゥテルテ大統領の発言は予想を裏切るものだった。
 首脳会談を通じたすべての発言で
 「(中国との関係は)経済的なものであって軍事的なものではない」
と強調した。

 だが、反米強硬発言だけは続いた。
 25日、日本行きの飛行機に搭乗する前に開いた記者会見では
 「米国はフィリピンを首輪でつないだ犬のように扱っている。
 本当に愚かだ」
と非難して、
 「私が大統領職を長く執ることになれば防衛協力拡大協定(EDCA)は忘れてもらわなければならない」
などとと米国を脅迫した。
 2014年に米国とフィリピンが締結したEDCAで、米軍はフィリピン軍事基地で訓練し米軍地域に施設を設置する権限を得た。
 26日に開かれた「フィリピン経済フォーラム」でもドゥテルテ大統領は
 「外国軍は2年以内にフィリピンから出ていってもらいたい」
と述べたと新華社通信が報道した。
 ここで外国軍は米軍を意味する。
 同日、在日フィリピン海外同胞に会った席では
 「米国は本当にチンピラだ」
と非難した。

 ドゥテルテ大統領は24日には日本報道機関とのインタビューで
 「米国とは同盟関係にあるので他のいかなる国とも軍事同盟を結ばない」
としながら
 「中国と同盟を結ぶことは不可能だ」
と明らかにしていた。



JB Press 2016.10.27(木)  末永 恵
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48227

田中角栄元首相に重なる面が多いフィリピンの新大統領

 「暴言」「失言」「放言」――。
 その毒舌でフィリピンの名を世界的に知らしめた「フィリピンのドナルド・トランプ」こと、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領が国賓として日本を初訪問中だ。

 親日家と言われるが、素顔のドゥテルテ氏はあまり知られていない。
 南沙諸島問題を棚上げし、警戒する日本を横目に、中国から巨額の経済援助を引き出し、米国との決別をも表明。
 今年限りの米比合同軍事演習中止も発表している中、その親中度が高まる一方だが、日本訪問後にはロシア訪問も予定。

 その手法はあたかも、小国ながらも大国を手玉にとり、自国の利益を優位に得るベトナムの外交戦術を手本にしているかのようだ。
 親日家、それとも親中派か。「裸のドゥテルテ」を暴いてみたい。

■庶民派は演技、実はインテリ

 ドゥテルテ氏は、現在71歳。
 フィリピン航空の客室乗務員だったドイツ系(祖父がドイツ人)のエリザベス・ジムマーマンさん(68歳)と約30年間の結婚生活後、3人の子供に恵まれたが2000年に離婚。
 現在、正妻はいないが、かつてミス・ダバオ医科大学に選ばれ、米国で看護士をしていたハニレット・アヴァンセナさん(46歳)というパートナーと暮らしており、2人の間には12歳の女の子がいる。

 ドゥテルテ氏は庶民派を“演出”しているが、もともと「父が元州知事で弁護士」「母は教師」というインテリ出身。
 しかし、最近になって、両親からというよりか、
 「自分の人間的(価値観)形成や政治への考え方は、子供の頃、カトリック教会の司祭に、とてもショッキングな性的虐待を受けたことが大きく影響している」
とカミングアウトしている。

 そして、10年ほどダバオ地検検事を歴任した後、父の後を継ぐ形で政界入り。
 7期当選で22年間、ダバオ市長に君臨。
 その間、下院議員選挙に立候補し当選、中央政界での経験もある。

 地方、国政と行ったり来たりする内情はこうだ。
 実はフィリピンでは、「3期9年以上」連続し市長職に就任できないという法律があり、自分の身内に4期目に席を渡す一方、当人は下院議員など他の公職に立候補。
 3年後に3年腰かけて元職に返り咲く“常套手段”がまかり通っている。
 これこそがフィリピンの「地方独裁腐敗政治の温床」「政治屋一族による私物化」にもなっているが、全く改められる気配はない。
 ドゥテルテ氏もうまくこの手法を使い、実娘に市長の座を渡すことで、一時期、副市長も務めてきた。

 暴言、放言から海外からは単細胞に見えるが、なかなかのしたたか者である。
 今回の大統領選でも、エリート層であることをあえて表舞台に出さず、
 「犯罪者は死ね。皆殺しだ」
と暴力的過激発言を繰り返すことで、アキノ政権で不満を爆発させた庶民の支持を吸い上げた。

 一方、貧困層だけでなく、犯罪撲滅で治安回復や海外からの投資を目論む知的ビジネス階級からも、自分の生い立ちやイメージ作りを巧みに演出することで、満遍なく票をかき集め、下馬評を覆し、あっさり大統領に当選した。
 最たるものが、彼のその「生い立ち」作りだ。
 民主党の蓮舫代表ではないが、この出生秘密は、今回、日本訪問前に初訪問した中国でも最大の武器として大いに“その役目”を発揮した。

 これまで、ドゥテルテ氏は母方の祖父が華人で、本人も
 「中国人はフィリピン社会に昔から根を張ってきた。
 私はフィリピン国籍だが、中国の血筋を誇りに思う」
と語り、日本でも“親中”である背景とされてきた。

 しかし、フィリピンには華人系政治家が多く、南シナ海領土問題で国際仲裁裁判所に中国を訴えたべ二グノ・アキノ3世前大統領も、実は華人系だ。

 一方、中国ではすでにドゥテルテ氏が、「本当に華人系か」「中国人なら公式な場で中国語を話せ」などネットでバッシングを受けている。
 果たして本当に華人の血が流れているのか――。
 答えはどうやら、「NO」のようだ。

■「華人の血が入っている」は真っ赤な嘘

 最近、筆者は彼の息子の親友である人物と接触する機会に恵まれた。
 「あれは嘘だよ。
 息子が言っている。
 華人の血は入っていない」。
 当然、日本で一部報道されているような「中国語が堪能」も嘘っぱちのようだ。
 ドゥテルテ氏が嘘をついているのは、筆者の知人のフィリピンの有力紙ベテラン記者からも聞いていたので「やはりね」と納得だ。
 そう言えば、大統領選挙中に初めて「華人の血が混ざっている」という情報が流れたが、その出所は当然、ドゥテルテ氏本人。
 前述の人物が、
 「おじさんはいつも冗談ばかりで、知らない間に真実のように語られることはこれに限らず多いんだ」
とニンマリ笑う。

フィリピンの華人は、人口約1億人のうちの約120万人と少数派。
 しかし、戦後、西側とともに反共体制を敷いたフィリピンでは同じく反共だった台湾からの商業移民がフィリピン経済の土台を築き、今でも「コファンコ財閥」などが、国内ビール最大手の「サン・ミゲル」(キリンビールが約50%の株式保有)やフィリピン航空など国内の基幹産業を牛耳っている。
 当然、こうした華人の経済力を味方にしたいドゥテルテ氏の思惑があったが、大統領が華人系とし自ら「嘘」を拡散させた最大の理由は、どうもフィリピンで今、渦中の「麻薬撲滅戦争」と関連するようだ。
 ドゥテルテ氏は7月、マラカニアン宮殿で記者会見を開き、フィリピン国内の違法薬物密売を取り仕切る「麻薬王」3人の名前を公表、いずれも中国系フィリピン人で、実業家でもあるピーター・リムとは面会も行った。
そこでいきなり「殺してやる」と自ら脅した経緯がある。
 華人系は経済だけでなく、フィリピンを蝕む麻薬にも深く関係しているからだ。

 ドゥテルテ氏の大学時代の恩師は フィリピン共産党(CPP)の最高指導者ジョマ・シソン氏と言われ、ドゥテルテ氏が危険だが大胆な発想で国を動かし、麻薬犯罪から救い出そうとしているのは確かだ。
 今でも麻薬戦争で逮捕、殺害が繰り返されているのも、麻薬密売人やそのボスの多くが華人系だからだ。
 ダボス市長時代から「殺すか、殺されるかだ」と宣戦布告する一方、自身はいつも暗殺される危険に晒されてきた。
 そのため大統領に就任後、「自分には華人系の血が混ざっている」と公言することで、命の安全を確保し、さらには「嘘」でガチガチの中共をさらに「嘘」で騙し打つ・・・。
 暴言、放言の裏で、そんなしたかかな戦略的戦いを展開する本当は頭の切れる人物のようだ。

 日本の政治家ではなかなか太刀打ちできそうにない。
 そういった意味では、日本の歴代首相の中で絶大な人気だった田中角栄元総理とカリスマ性も含め重なるところが多いようにみえる。
 そう言えば、田中角栄氏、また米国のドナルド・トランプ氏にも強力な秘密兵器の「実娘」がいるが、ドゥテルテ氏の場合は「じゃじゃ馬娘」がいる。

■父親譲りの現ダバオ市長、そのやんちゃぶり

 父親に負けず劣らずのやんちゃぶりで、フィリピンでは有名な現ダバオ市長、サラ・ドゥテルテ氏だ(38歳)。
 別れた妻のジムマーマンさんとの子供で、「彼の秘蔵っ子で最も優秀」(ジムマーマンさん)と言うだけあり、ドゥテルテ氏が溺愛している。
 父親と同じ弁護士という経歴を持つ。
 2010年、前述のように法律で3期以上務められない父親に代わって2010年の改選で最年少、女性初のダバオ市長に就任した。
 選挙戦では、対立候補で前下院議長という政界の大物が立候補したが、絶対君主的な強力な政治権力を持つドゥテルテ氏一族が圧勝、副市長には兄のパオロが当選した。

 何の実績もなかった彼女が当選したのは紛れもなく、ドゥテルテ氏の七光りだ。
 このサラ市長が一躍、全国区で名を馳せることになったのが、裁判所の執行官に食らわせた「顔面4発パンチ」だった。
 https://www.youtube.com/watch?v=kqTFB9vC8L0


 ダバオ市内の不法占拠地域の立ち退きを巡り、住民側と立ち退きを執行する裁判所の執行官側とで投石騒ぎが発生。
 ここにサラ市長が乗り込み、「立ち退きを2時間待ってくれ」と要請したものの聞き入れられなかったことに激怒し、執行官を手招き、呼び込んだところで胸ぐらをヒョイと掴み、顔面に「バン!」「バン!」「バン!」「バン!」4発のパンチを浴びせたのだ。

 この一部始終が全国放送のニュースで何回も流された。
 批判がある一方、フィリピンでは日常茶飯事のことで擁護する声も多かった。
 フィリピンらしい。
 日本では考えられないほど「役所イジメは庶民の味方」とする考えが横行するフィリピンでは、停職するわけではなく、一方のサラも全く悪ぶれた様子もなく、父親譲りの強烈パンチでフィリピン全土に名を馳せることとなった。

 ドゥテルテ氏がかつて市長を務めたフィリピン南部のミンダナオ島ダバオ市は、「世界一広い面積」を持つ市として知られ、人口(約150万人)はセブに次ぎ、同島で最大だ。
 極めて親日的で知られる。なぜなら、ダバオの経済発展の裏には20世紀初め、兵庫県から移住してきた太田恭三郎が始めた「マニラ麻」と「ココナッツ農園」があるからだ。
 マニラ麻は船舶用ロープとして重宝された。第1次世界大戦の特需景気で販売が急拡大。
 ダボスは「マニラ麻の大産地」に急成長し、当時、約3万人の邦人が居住。
 当時としては、東南アジア有数の日本人の入植地と知られていた。
 今では、日本資本によるバナナ大農園が広がり、フィリピン有数のバナナ名産地となっている。
 日本に輸出されるバナナのほとんどがダバオ産だ。

■日本人に対する敬意は本物

 日系人会には約6000人の会員が所属。
 2011年の東日本大震災では早々に、無償での日本からの避難民受け入れを表明。
 2013年10月には、ドゥテルテ大統領(当時市長)が日本人慰霊碑建立に自費で援助し、建立式典スピーチを買って出た。
 父親から日本人の勤勉さや技術力の高さを聞かされ、ドゥテルテ氏は地元の日本人に対しても敬意と信頼を置いてきたという。

 彼が日本の歴代首相の中でダントツ人気だった田中角栄元首相を見本としているか分からないが、
 「麻薬や汚職を撲滅できるのは俺だけ。ほかのみんなは、言うだけだった」
とかつてフィリピンの大統領が誰もなし得なかった麻薬撲滅戦争に命をかけている姿は、日本の復興・成長を引っ張った角栄氏と重なるところも少なくない。

 例えば、「資源調達を米国から断たれたことが第2次世界大戦の要因」と公言する一方、米国との摩擦を恐れ誰も挑戦しなかった「独自の資源エネルギー獲得」へ動いた角栄氏の鋭い嗅覚と先見性が挙げられる。
 角栄氏は当時、米国が供給体制を寡占していた濃縮ウランと石油獲得に奔走。
 同盟国・米国との事前調整を行わず、フランスと直接交渉。
 濃縮ウラン年間輸入契約を締結させた。

 「米国は自国の利益のみ考えている。
 米国との決裂は問題ない」
と中国訪問時に中国側から経済、安全保障などで譲歩を引き出すため、ドゥテルテ氏は得意の「嘘」で固めた演出を行ったが、中国は嘘と分かっていながら微笑み、巨額の経済援助を約束した。

 スペイン、米国の支配を受けたため、フィリピン人は
 「ラテン的で近寄りやすい一方、自国の要求や権利を過度に要求する米国的価値観を“共有”する」
と言われる。
 手のひらで物事をコロコロ転がすのがお好きな国民性でもある。

 「嘘で固めた親中」だけでなく「嘘で固めた親日」かどうか。
 経済支援だけちゃっかりもらって、「アッカンべー」とされないように、日本の外交にはフィリピンの新リーダーに警戒心を持ちつつも、柔らかく時に強硬に臨む角栄氏のようなしたたかさが必要だろう。




●来日のフィリピン大統領ドゥテルテは親日家
2016/10/24 に公開




●フィリピンドゥテルテ大統領 人気と親日の理由
2016/10/25 に公開




●中国 崩壊 渡邉哲也が語る中国の実態。バブル崩壊は株から不動産へ!プラスGDPのカラクリ。比大統領初来日、2つの目的
2016/10/25 に公開




●井上和彦×ケントギルバート「中国・習近平がドゥテルテ大統領に手玉に取られて赤っ恥!
2016/10/25 に公開



●新報道2001 ドゥテルテ大統領 習近平とガムを噛みながら握手 2016年10月22日
2016/10/22 に公開



【身勝手な大国・中国】



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激化する中国の権力闘争(3):習近平と李克強の権力闘争はあるのか?習近平の「三期続投」はあるのか

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yahooニュース 2016年10月18日 15時55分配信 遠藤誉  | 東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授
https://www.youtube.com/watch?v=HV6gtimmNvU

習近平と李克強の権力闘争はあるのか?Part 1
――論点はマクロ経済戦略

 習近平と李克強の間の権力闘争が激しいという報道が目立つ。
 江沢民に買収された香港メディアに惑わされている。
 中国の実態を見極めない限り、日本の正確な対中政策は出て来ない。
 そのまちがいと論点を考察する。

◆中国政治構造の基本を知らない誤分析

 中国政治の基本は「党と政府」あるいは「中共中央と国務院」という「ペア」で動いていることだ。
 党(中共中央)で会議を開催して議論する議題は、同じ時期に政府(国務院)でも同じように会議を開くか、あるいは「座談会」を開催するかなどして議論する。
 いうまでもなく、「同じ議題に関して」だ。
 これが第一の基本で、次に「イロハ」として頭に入れておかなければならないのは、中国は「一党支配体制の国家」であり、全ては「党」が先に決定して、政府(国務院)は、その決定に従う「執行機関」に過ぎないということである。

 この「党の決定」には、いくつかのレベルがあり、年に一回開かれる第○次中共中央委員会全体会議(三中全会とか五中全会とか呼ばれている会議)と中共中央政治局会議および中共中央政治局常務委員会会議などがある。
 李克強国務院総理が、どんなに政府側のトップであっても、必ずその前に「党の決定」がなければならず、その決定を執行する、いわば事務方の業務が、中国で言うところの「政府(国務院)」なのである。
 それでも「政府」を前面に出しているのは、人民に対しても、また国際社会に対しても、「一党独裁」ではなく、「ちゃんと全人代(全国人民代表大会)を通して合法的に国家を運営していますよ」という見せかけの虚構を構築するためだ。
 この基本を忘れてはならない。
 この基本を知らない間違った分析には、たとえば以下のようなものがある。

1.2016年3月の政府活動報告

 「習近平の目を通しておらず、李克強の一存で書き、習近平に対抗しようとしている」
といった趣旨の分析があるが、政府活動報告と第13次五カ年計画の内容は、2015年11月に開催された「五中全会」で討議し決定している。
 全人代における李克強の報告は、あくまでも五中全会の決定を文書化した「事務的作業」に過ぎない。

2.地方視察に関して

 「2016年4月24日に李克強が四川省を視察しているのに、同日に習近平が安徽省を視察したのは異例で、北京に党内のナンバー1とナンバー2がいないのは、対抗心以外のなにものでもない。
 きっと相手の日程をこっそり調べて、わざとぶつけているにちがいない」
といった趣旨の分析がある。
 これもまったく見当違いの分析で、2016年4月には、「地方視察を徹底する」という、中共中央政治局会議の決定と日程調整に従ったまでだ。
 たとえば関連する中共中央政治局委員の日程を見てみよう。

4月11日~14日:孫春蘭(中央統一戦線部部長)、陝西省視察
4月17日~20日:張徳江、湖北省視察
4月22日~25日:劉雲山、陝西省視察
4月24日~27日:習近平、安徽省視察
4月24日~27日:李克強、四川省視察
4月24日~25日:劉延東(国務院副総理)

 たしかに習近平と李克強の日程だけを取り出せば重なっている。
 そして党内序列ナンバー1とナンバー2が同時に北京を離れることは、一般にはそう多くはない。
 しかし、調整がつかない時には党内序列ナンバー3か4が北京にいて、なんとか緊急事態に対処するという大原則が、党の政治の中にある。
 このとき北京には党内序列ナンバー3の張徳江あるいはナンバー4の兪正声がいたはずで、これを以て「習近平・李克強の権力闘争」とするのは基礎知識の欠如によるものと判断される。

3.同じ議題の会議の同時開催に関して

 「5月6日に劉雲山が“習近平の人材体制開発”に関する学習会を開き、同じ日の5月6日に李克強が類似のテーマの“人材資源の座談会”を開催したのは、習近平の李克強に対する嫌がらせである」
という分析がまかり通っている。
 これは、まさに「党と政府」「中共中央と国務院」という「ペア」になっている政治の基本を知らない顕著な例と言っていいだろう。
 同様の例は
 「3月22日に習近平が開催した“中央全面深化改革領導小組第22回会議”と6月27日に開催した“中央全面深化改革領導小組第25回会議”に李克強が出席していないのは、李克強を排除するための習近平の暗闘以外のなにものでもない」
という分析にもみられる。
 しかし第23回会議(4月18日)および第24回会議(5月20日)には、李克強は出席しており、22回会議の時は李克強は海南島で開催されていたボーア・フォーラム(3月22日~25日)に出席しており、第25回の時は、天津で開催された夏季ダボス会議(6月26日)に出席していた。
 また、2人の間に権力闘争があるとする論者は、
 「7月8日に習近平が“経済形勢専門家座談会”を開催したというのに、それに対抗して李克強が7月11日に“経済形勢に関する専門家と企業家による座談会”という同じテーマで座談会を開き、互いに相手が主宰した座談会に出席していないのは、二人が対抗している動かぬ証拠だ!」
と主張する。
 これも中国政治構造のイロハを知らない人たちの邪推に過ぎない。

◆論点はマクロ経済――国家経済政策に関する重点の置き方

 それなら習近平と李克強の間に、まったく論争がないのかと言ったら、そうではない。
 大きな意見の相違がある。
 それは中国経済のマクロ政策に関する両者の観点の相違だ。

●李克強の考え:市場化、城鎮化、イノベーション
 李克強は北京大学で経済学を学んだだけでなく、国務院副総理時代(2008年3月~2013年3月)から政府系列の国家経済に関して担当していた。
 だから経済に強いし、また国内に山積する問題に関して強い関心を持ち、それを先に解決しないと中国の国力は落ち、一党支配体制が維持できないと考えている。
 だから彼の主張は「国営企業の構造改革と市場化・民営化」および「2.67億人に及ぶ農民工の定住のための城鎮化(都市化)政策」を重視し、そのために「イノベーションを加速させる」が最重要課題だと考えている。
 生産能力過剰は供給側の問題で、国有企業の改革が肝要と主張する。

●習近平の考え:一帯一路(党が全てを決めるという毛沢東的発想。党司令型)
 習近平は今さら説明するまでもなく、毛沢東とともに戦った革命第一世代の「紅い血」を受け継いだ「紅二代」だ。
 親の習仲勲のお蔭で、文化大革命後に軍関係の仕事に就いたが、大物の下にいると、いつ政権変動が起きて権力者が引きずり降ろされるか分からないので地方から叩き上げよという親の忠告で地方の党の仕事を始めた。
 その「地方」のレベルをどんどん上げていき、江沢民の推薦により、2007年の党大会で国家副主席の座に就き、こんにちに至っている。
 そこで見られるのは、親(紅一代)の七光りにより「党」の指導者側に立って歩んできた道のりである。
 経済に関しては、素人だ。
 だからあくまでも「党が全てを決める」という「党司令型」の思考回路しか持てず、経済に関しても「中国の特色ある社会主義政治経済学」という、「党司令型」の経済を提唱している(たとえば、7月8日の経済座談会)。
 言うならば、毛沢東時代の「哲学政治経済学」を踏襲しており、実は改革開放が目指すべき「市場経済的思考」からは、ほど遠い。
 結果、生産能力過剰は「党主導の一帯一路構想で解決する」というのを、最優先としている。

 こには、中国経済の未来、もっと言うならば中国の未来が掛かっている決定的な分岐点があるのだが、習近平にはそれが見えていない。
 そこで経済学者の「劉鶴」を頼りに、彼にブレインの役割をしてもらっている。
 独断を続ければ、文化大革命を招いた毛沢東と劉少奇の関係になりかねないので、劉鶴に助言を求めたのは、非常に良いことだ。

◆「権威人士」の発言――本当に李克強を攻撃しているだろうか?

 5月9日に、党の機関紙である「人民日報」に「権威人士」と名乗る人物の評論が出た。
 それは表面的には「劉鶴が、李克強のマクロ経済戦略を(習近平に成り代わって)攻撃している」ように見えるが、詳細に読んでいくと、必ずしもそうではない。
 「供給側の構造改革を行なわない限り、中国の経済は破綻する」
という含意がキッチリ含まれており、しかも
 「我々の目的は政府の干渉を減らすことで市場のメカニズムに委ねなければならない」
とまで明言している。
 なんと、これは李克強の意見に一致しているではないか。

◆香港メディアを操る江沢民

 これら一連の現象を、すべて「権力闘争」に矮小化したがる影の軍団がいる。
 それを操っているのが、江沢民だ。
 やがて「大虎狩り」のターゲットが自分に向けられることを知っている江沢民は、習近平の力を削ごうと、一部の香港メディアを買収して、盛んに「権力闘争説」を流しまくっている。
 日本のメディアや一部の中国研究者は、すっかりその情報に乗っかってしまい、論理的に中国政治構造との間に矛盾があることも考えず、凄まじい勢いで「習近平と李克強の権力闘争説」を拡散させているが、これが日本の国益にかなうか否かは、論ずるまでもないだろう。
 結果、どうなるのかに関しては、長くなりすぎたので、今後継続して論じていきたいと思う。



ニューズウイーク 2016年10月20日(木)18時30分 遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/10/part-2_1.php

習近平と李克強の権力闘争はあるのか?Part 2
――共青団との闘いの巻

 習近平と李克強の間の権力闘争に関する第二弾として、今回は習近平が李克強の権力を削ぐために共青団(中国共産主義青年団)を弱体化させようとしているという報道に関して考察する。

【参考記事】習近平と李克強の権力闘争はあるのか?――論点はマクロ経済戦略

■習近平が共青団を狙い撃ちしているという報道に関して

 胡錦濤時代に中共中央書記処書記兼中共中央弁公庁主任として、胡錦濤の最も身近で仕事をしていた令計画が2015年1月7日に逮捕されたのをきっかけに、
 「習近平がついに共青団の弱体化に手を付け始めた」
という報道が散見される。
 これはとんでもない誤解で、腐敗撲滅に関しては、実は胡錦濤政権時代からあり、2003年に「中央紀律検査委員会 中央組織部」なる「巡視組」を設立させて、なんとか腐敗分子を摘発しようと試みていた。

 しかし胡錦濤時代の中共中央政治局常務委員(チャイナ・ナイン)は、胡錦濤派(胡錦濤を支持する者)3人に対して江沢民派6人。
 多数決議決で何をしようとしても「政治が中南海を出ることができない」状態だった。
 なぜなら腐敗の総本山は江沢民だからだ。
 2009年に「中央巡視組」と改名したが、それでも江沢民派に抑えつけられていた。

 ところが習近平政権(チャイナ・セブン)になってから、事態は一変した。
 そもそも習近平自身が江沢民の推薦によって2007年に国家副主席になっていたことから、江沢民としては習近平を抑えつける手段が困難となった。

 一方、腐敗がここまで蔓延したのでは、一党支配体制はこのままでは崩壊することを、チャイナ・セブンの誰もが認識していたので、中共中央紀律検査委員会の力を強化し、王岐山を書記として「中共中央巡視工作領導小組」の調査に基づき、腐敗撲滅に向かって猛進し始めた。
 そのために「第一輪 巡視」「第二輪 巡視」「第三輪 巡視」......といった感じで、全国の大手国有企業だけでなく、教育部とか中国社会科学院あるいは新華社に至るまで、全ての国家組織が調査の対象となったのである。
 その数は大きく分ければ百を超しており、小さく分類すれば何百にも及び、ようやく順番として共青団も対象となっただけのことだ。

 現在、中国共産党員の数は2015年末統計で8779.3万人。
 共青団団員の数も、2015年末統計で8746.1万人。

 共青団員はやがて、ほぼ全員が中国共産党員となる。
 いわば共産党員予備軍である。なんとしても一党支配体制を維持したい習近平政権にとって、
 党員の予備軍である共青団を大事にしていかなければ、政権基盤は弱体化する。
 いまや文化大革命などの政治運動の時代は終わり、安定的な党員の供給源は共青団なのだ。
 やがて、「かつて共青団でなかった共産党員はいない」日がやってくる。
 その共青団をやっつけて、どうする。

■昨年の軍事パレードで李克強が司会
――李克強を見くだしたとする報道

 「習近平・李克強の権力闘争」というメガネを通してしか中国分析ができない人々は、驚くべき情報を発信している。
 たとえば2015年9月3日の抗日戦争勝利記念日において挙行された軍事パレードの司会者が李克強であったのは「習近平への権力集中を象徴する」という分析である。

 それによれば、
 「過去における軍事パレードの司会は、北京市トップが務めていた。
 (中略)
 だが、(李克強)首相が司会役に成り下がったのは、習近平への権力集中を象徴する」
というのである。
 この文章を書いたのは、筆者が一目を置いてきた、数少ない日本のジャーナリストの一人だ。
 高く評価していただけに、この文章を読んだ瞬間、彼が書くものすべてに対して信用を無くしてしまった。

 なぜ、そこまでの衝撃を筆者が受けてしまったかというと、2015年9月3日に、中国が抗日戦争勝利記念日に軍事パレードを行ったのは、中華人民共和国建国以来、初めてのことだからである。
 抗日戦争勝利記念日の全国的な式典自体さえ、1995年まで行なったことがない。
 北京市のトップが司会をしてきたのは、10月1日の「建国記念日」である「国慶節の祝典」だ!
 抗日戦争勝利記念日における軍事パレードではない!
 おまけに毛沢東は、1949年10月1日に中華人民共和国を建国させて以来、1959年までの国慶節においては軍事パレードを行ってきたが、1960年からはやめてしまった。

 国慶節の祝典も、「5年に一度、小規模の祝典」を、そして「10年に一度、大規模な祝典」をすれば、それで十分という指示を、1960年に発した。
 国慶節の軍事パレードが再開したのは、改革開放後、1980年代に入ってからで、国慶節の行事は「北京市共催」という形を取っている。
 だから、国慶節の時の司会は北京市のトップ(中国共産党北京市委員会書記)がするのである。
 現在は国慶節祝典活動領導小組というのが設立され、北京では北京市が共催し、各地方での祝典は当該地の政府が共催するという形を取っている。

 くり返して申し訳ないが、李克強が昨年9月3日に司会をしたのは、中華人民共和国建国後初めて行われた「抗日戦争勝利記念日の軍事パレード」における司会だ。
 抗日戦争に関する軍事パレードなので、中共中央軍事委員会の主席や副主席が指揮すべきで、本来なら軍事委員会副主席が司会をしても良かった。
 しかし、「軍」が突出し、「国家の軍隊」ではなく「党の軍隊」しか認めていない現状に対する国内の反発を恐れて、政府側の「国務院総理(首相)」に司会を依頼することがチャイナ・セブンの会議(中共中央政治局常務委員会会議)および中央軍事委員会会議で決定したとのことである。
 これは李克強を重視した決定であって、「首相が司会役に成り下がったのは、習近平への権力集中を象徴する」などということとは真逆だ。
 このように、中国という国の骨幹を知らない人たちが、江沢民が一部のメディアを買収して扇動している「権力闘争説」に騙されて、中国の現象を全て、その「色眼鏡」を通して見ていることの恐ろしさを痛感した。

 これでは中国の正確な分析はできない。

 なお、共青団の第一書記が中国共産党中央委員会総書記になるという現象は、トウ小平が「隔代指導者指名」をしてから、結果的に一代(一政権)ごとに繰り返されている。
 胡耀邦(1982年~87年)、胡錦濤(2002年~2012年)ともに、共青団の第一書記だった。
 習近平の次の政権は、やはり共青団第一書記だったという経験を持つ胡春華(現在、中共中央政治局委員、広東省書記)になるのではないかと予測されている。
 それを防ぐために李克強の力を削ごうとしているという憶測があるが、李克強は習近平が対抗しなければならないほどの力を持っているだろうか? 
 持っていないと筆者は思う。
 したがって、経済問題の論争以外、対抗する必要がない。
 習近平の方が圧倒的力を持っているし、国務院よりもはるかに「党が上」だからだ。
 経済問題も、ここのところ、互いに歩み寄りを見せており、まず李克強が盛んに一帯一路を強調し始めた。「党の言うことは聞くしかない」からだろう。

 東北のゾンビ企業が閉鎖されたのは、「習近平が李克強をやっつけた」のではなく、「李克強が国営企業を痩身化させなければならないと主張してきたことが実現された」のである。
 この基本が分かってないと、中国経済の行方さえ見えなくなる。
 そのようなことをしていたのでは日本の国益にかなうとは思えない。
 習近平と李克強に共通しているのは、
 「自分たちの代で中国共産党の一党支配体制を終わらせてはならない」
という、逼迫した思いだ。
 習近平はラスト・エンペラーにはなりたくない
と思っている。
 そのためには、李克強の力が、一定程度は必要なのである。

 一党支配体制の崩壊要素は、目の前に横たわっているのだから。
 2022年に来るであろう次期政権に関しては、またいつか改めて分析したいと思う。



ニューズウイーク 2016年10月25日(火)16時00分 遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/10/202219-2022-2023-20222027.php

「習・李 権力闘争説」を検証する Part3
習近平の「三期続投」はあるのか

 習近平が2022年以降も総書記&国家主席を続投するのではないかという憶測がある。
 来年の第19回党大会で定年を越えた王岐山を留任させて李克強を追い落とそうとしている説とともに。
 それらの可能性を分析する。

■「三期続投説」に関して

 習近平と李克強が激しく権力闘争をしているということを主張する人々は、さまざまな憶測を創りだしては、世をにぎわしている。
 その中に習近平が二期目の2022年以降も総書記 (2023年に国家主席) の座を放棄せず、2022年から2027年までもトップの座に留まる可能性があるという「三期続投説」がある。
 そのためにいま開かれている六中全会は、習近平にとっては権力闘争の正念場だという分析をしている報道も見られる。

 そこで今回は、中国共産党においては、「任期は二期に限るという規定」があり、さらに国家主席に関しては憲法にその制限が明記されていることを、ご紹介しよう。
 前回のコラム「六中全会、党風紀是正強化――集団指導体制撤廃の可能性は?」を補足するなら「集団指導体制を撤廃するには民主集中制を撤廃しなければならず、民主集中制を撤廃するには憲法改正を行なわなければならない」ということになるが、「三期続投」を実行する場合も憲法を改正しなければならない。

■「任期は二期を越えてはならない」という憲法の制約

 中華人民共和国憲法の第七十九条には、「国家主席および国家副主席の任職は、(全国人民代表大会の任期同様)連続して二期以上を越えてはならない」という規定がある。

 第六十七条には「全国人民代表大会常務委員会委員長および副委員長の任職は、連続して二期以上を越えてはならない」という条文がある。

 さらに第八十七条には「国務院総理、副総理および国務委員の任職は、(全国人民代表大会の任期同様)連続して二期以上を越えてはならない」という条文がある。

 したがってもし、習近平が2023年後もなお「国家主席」でいることは、憲法上、許されないのである。

 習近平は
★.2013年3月から2018年3月までの5年間が、第一期目の国家主席、
★.2018年3月から2023年3月までが第二期目の国家主席で、
 合計10年間、国家主席でいることは合法的だ。
 しかし第三期目、つまり2013年3月以降も国家主席でいようということは、憲法第七十九条に違反するので、不可能である。
 それを可能にして「三期連続の続投」を実行するためには、憲法改正を行なわなければならない。

 この憲法改正は、憲法第七十九条だけではなく、常に全国人民代表大会常務委員会委員長に関する制約(第六十七条)と、国務院総理などに関する制約(第八十七条)と連動する形で規定されているので、もし習近平が連続三期「国家主席」でいようとすれば、これらすべての制約に関しても改正をしなければならなくなる。

 それだけではない。

 憲法第一百二十四条には「最高人民法院院長」に関しても「(全国人民代表大会の任期同様)連続二期を越えてはならない」という制約があり、第一百三十条には「最高人民検察院検察長」も「(全国人民代表大会の任期同様)連続二期を越えてはならない」と条文がある。

 つまり、中華人民共和国という「国家全体の枠組み」を改正しない限り、「国家主席の三期続投」は絶対に許されないことになっている。
 これほどきつい縛りがあるというのに、「権力闘争説」を主張する日本の論者あるいはメディアは、習近平が来年の第19回党大会において、王岐山を留任させることによって、自らの三期続投を可能ならしめようとしているという憶測を流布させている。

■党規定でも制約

 それなら、三期連続、中共中央(中国共産党中央委員会)総書記にだけなって、国家主席にはならないという選択肢もあるのではないかと、考える人もいるかもしれない。
 そのようないびつな形を取ってまで総書記として三期続投するということに意義があるとは思えないが、党規定の方ではどうなっているのかを、念のために見てみよう。

 実は2006年6月10日、中共中央弁公室は「党と政府の領導幹部職務任期に関する暫定的規定」という文書を発布している。
 「領導」というのは基本的には「指導」の意味だが、「指導」よりも「君臨して統率する」というニュアンスが含まれている。

 その第六条には、「党と政府の領導幹部は、同じ職位において連続二期の任職に達した者に関しては、同一職務において、二度と再び推薦することもノミネートすることもしてはならない」と規定してある。

 したがって、ありとあらゆる側面から、「三期続投」は禁止されているのである。

 この国家の基本構造とも言える憲法や党規約の制約を覆してまで、習近平が三期続投を試みようとするとは思いにくい。
 将来に汚名を残すことは明瞭だからだ。

 現在開かれている六中全会においても、この方向へ移行するための操作をすることは考えられないと判断すべきだろう。

■王岐山の扱いに関して

 ただし、王岐山が来年の第19回党大会で、一般に言われている年齢制限(68歳)を越えていても(王岐山は69歳)、チャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員)に留任させるか否かは、実は別問題である。

 なぜなら、「七上八下」(党大会開催の時に67歳ならば次期政治局常務委員に推薦していいが、68歳になっていたら推薦することはできない)というルールは、あくまでも暗黙の了解事項であって、年齢制限に関しては、文書化された規約は全く存在しないからだ。

 したがって反腐敗運動のために、どうしても「余人をもって代え難し」と判断されたときには、王岐山を留任させる可能性はなくはない。

 このことが、決して「習近平の三期続投のための布石」にはなっていない、というだけのことである。

 ましていわんや、李克強を落すための策略など、あり得ないと考えていい。

 また、もし李克強がかつていた共青団を弱体化させたいと思っているのだとしたら、なぜ習近平は今年9月29日に「『胡錦濤文選』を学習せよ」などという指示を出したのだろうか。
 説明がつかない。胡錦濤は李克強を推薦した、言うならば今となっては生存者の中では共青団の総本山だ。

 胡錦濤を絶賛し、胡錦濤に学べという指示を出したということは、共青団を追い落とそうとしていない何よりの証拠だし、そのようなことをしたら、一党支配体制は間違いなく揺らいでしまうと断言していい。

 権力闘争説を前提とした中国分析は、日本にいかなる利益ももたらさない。
 慎むべきではないだろうか。



ニューズウィーク 2016年10月24日(月)16時00分 遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/10/post-6102.php

六中全会、党風紀是正強化
――集団指導体制撤廃の可能性は?

 24日から中国共産党六中全会が始まる。
 党員への監督強化と党風紀是正強化が討議される。
 全会は駆け引きの場ではなくハンコを捺す場だ。
 集団指導体制を撤廃するか否かと、獄中からの元指導層の肉声等を考察する。

■六中全会のテーマ―
―腐敗による一党支配崩壊を回避するために

 10月23日から27日まで開催される六中全会(第6次中国共産党中央委員会全体会議)の三大テーマは「従厳治党(厳しく党を統治する)」と「新形勢下における党内政治生活に関する若干の準則」の制定および「中国共産党党内監督条例(試行)」の修訂である。
 そのほか、この1年間で逮捕されたり党籍をはく奪された元党幹部たちの報告と党籍はく奪などの承認を得る。
 次期中共中央委員会委員の補てんなどをしなければならないからだ。

 「従厳治党」に関しては、第13回党大会(1987年)、14回党大会(1992年)、15回党大会(1997年)、16回党大会(2002年)と、これまで何度も討議されてはきた。
 なぜなら第11回党大会三中全会(1978年12月18日至22日)において「改革開放」を宣言して以来、社会主義市場体制の進展に伴って、党幹部の汚職が始まり、党員の堕落が一気に加速していったからだ。

 1987年の第13回党大会で討議され始めたということは、1989年6月4日の天安門事件発生の芽が、この時点ですでに予感されていたことを意味する。
 天安門事件により江沢民政権(1989年6月に中共中央総書記、1993年に国家主席)が始まっても、鄧小平の眼があり、「従厳治党」はしばらく続いた。

 しかし一方で、江沢民が「三つの代表」(2000年)に提唱して以来、金権政治全盛期となり腐敗が激しく蔓延した(その額やスケールなどに関しては、書名は良くないが拙著『中国人が選んだワースト中国人番付――やはり紅い中国は腐敗で滅びる』で詳述)。

 胡錦濤政権時代は、実質上、江沢民が握っていたので、胡錦濤には何もできない。

 腐敗はついに、中国共産党の一党支配体制を崩壊させる寸前まで来ていた。

 だから第18回党大会で習近平政権が誕生すると、党大会初日に胡錦濤が、最終日に習近平が、それぞれ総書記として
 「腐敗問題を解決しなければ党が滅び、国が滅ぶ」
と、声を張り上げて叫んだのだった。

 習近平政権においては「このままでは一党支配体制は腐敗によって滅びる」という危機感が高まり、また実際に臨界点まで至っていた。
 だから王岐山を書記とした中共中央紀律検査委員会の権限を強化し、大々的な「腐敗撲滅戦略」に突き進んだのである。

 日本のメディアでは、六中全会で「来年の党大会の人事の駆け引きがあるだろう」とか、「来年の党大会への権力闘争と権力集中への布石」などと六中全会を位置づけている報道が散見される。
 前者に関しては中央委員会全国大会は投票をして決議するだけで、いわば「ハンコを捺す」会議でしかない。
 駆け引きは、その前にしっかりなされている。
 後者に関しては、「中国を高く評価し過ぎている」と言うことができよう。

 習近平政権はいま、権力闘争などをしている場合ではないのである。
 一党支配体制が崩壊するか否かの瀬戸際だ。

 権力闘争説は、実は、中国がここまでの危機にあることを隠蔽してしまう。
 これはある意味、中国に利することにもなる。
 なぜなら、そのように海外メディアが見ている間は、中国にはまだ権力闘争をするだけのゆとりがあり、一党支配崩壊の危機が見破られないという「煙幕」の役割を果たしてくれるからだ。

 六中全会で何がテーマになるかに関しては、庶民に分かりやすいようにするためにイラストで紹介した頁があるので、これをご覧いただきたい。
http://news.qq.com/a/20161023/001587.htm

 「新形勢下における党内政治生活に関する若干の準則」の制定に関しては本稿の最後に述べる。

 「中国共産党党内監督条例(試行)」の修訂とともに、簡単に言うならば
 「腐敗は党員、特に党幹部の日常生活の心構えから出てくるもので、
 ほんのちょっとしたことから私利私欲が芽生えるものだ」
ということを説いて、自他ともに監督を強化して腐敗に手をつけないように心掛けよ、ということを謳ったものである。
 これらは、2014年に6回、2015年に1回、2016年に4回と、何度も討議を経て意見調整をして終わっているので、六中全会では票決して「決議されました」というハンコが捺されるだけになっている。

 決して「人事に関する駆け引きをする場ではない」ことを認識していただきたい。

■ドキュメンタリー「永遠在路上(永遠に道半ば)」
――元指導者らの監獄からの肉声と顔

 六中全会における「従厳治党」のテーマを人民に浸透させるために、中央紀律検査委員会宣伝部とCCTV(中央テレビ局)の合作で「永遠在路上」というドキュメンタリーが放映されている。
 「日常生活において、党の風紀を軽視していたために、ふと気が付いたら逮捕されるところまで来ていた」
というのがメインテーマだ。

 中国では裁判中の被告の顔や姿を平気でテレビで露出するという、実に残酷なことを実行している。
 世間から「顔」を隠しようもなく、自業自得とはいえ、それでも残っているであろう最後の自尊心を思い切り傷つけ大衆にさらす。
 死刑よりも終身刑よりも残酷な「刑罰」だと思うが、民衆はその「苦しみにゆがんだ顔」を見たがり、「絞り出す肉声」を聞きたがる。

 だから視聴率は実に高い。

 習近平政権はそこを狙い、周永康や令計画など、元政権の中枢にいた指導層の肉声を通して、「いかに日常生活における党員としての心得に隙があったか、どういうことから腐敗に手を染めるようになったか」などを懺悔させるのである。

 この画像をご覧になりたい方は比較的ブレが少ないこちらの「永遠在路上」をクリックなさると肉声を聞き、顔を見ることができる。


《永远在路上》 20161018 第一集 人心向背 | CCTV 2016/10/18 に公開

このことからも、腐敗問題に対する習近平政権のせっぱ詰まった窮状がうかがえるだろう。

■集団指導体制を撤廃するのか?

 「新形勢下における党内政治生活に関する若干の準則」の制定に関して注目されているのは、1980年2月に制定された
 「党内政治生活に関する若干の準則」の第二条に
 「集団指導体制を堅持し、個人崇拝に反対する」
という項目があることである。

 そのため、六中全会で「新形勢下における党内政治生活に関する若干の準則」の制定に関して討議するということは、集団指導体制を撤廃することを意味するのではないかという憶測が日本メディアに蔓延している。

 これは、十分には中国政治の深部を理解していないことから生まれてくる誤報と言っていいだろう。
 なぜなら、「集団指導体制」というのは、もう少し正式に、憲法にもある文言を使って表現すれば「民主集中制」ということになるからだ。
 「民主集中制」は、非常に分かりにくい概念であり、そこには中国共産党体制の「民主という言葉に対するまやかしがある」と思っているので、筆者はこれまで「集団指導体制」という言葉を使って解説してきた。
 その方が日本人に分かりやすいだろうという配慮もあったからだ。

 「民主集中制」を言葉通りに言うならば、「民主を基礎として、集団(集中)と集中指導下における民主との結合制度」となる。
 何のことか分からないので、もう少し日本人的感覚から説明するなら
 「少数は多数意見に従い(多数決)、
 党の各レベルの委員会は集団指導と役割分担が結合した制度に従う。
 個人崇拝を禁止し、
 党の委員会で討議決議する」
ということになる。
 これは要するに筆者がこれまで『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』などでくり返し説明してきた「集団指導体制」以外の何ものでもない。

 しかし、日本の報道は、この同一性を理解していないためか、「集団指導体制を堅持し、個人崇拝に反対する」と謳った1980年制定の「党内政治生活に関する若干の準則」を「新形勢」に合わせて見直すのだから、「集団指導体制を撤廃し、個人崇拝を許す」方向に行くにちがいないと憶測している。

 ところが、習近平政権が何度も会議を開き、最終的には2016年9月27日に開催した中共中央政治局会議で、10月に開催される六中全会の議題を決定し、そこで制定される「新形勢下の党内政治生活に関する若干の準則」の草稿に関して決議した。

 そこには明らかに「民主集中制」という言葉が存在している。
 つまり、六中全会で討議決議されることになっている「新形勢下における党内政治生活に関する若干の準則」には、「集団指導体制が盛り込まれている」ということになる。

 ただ、「集団指導体制」という言葉を「民主集中制」に変えて、また1980年に制定された同準則二条にある「集団指導体制を堅持し、個人崇拝に反対する」という露骨な表現をしていないだけである。

 したがって、六中全会で集団指導体制が撤廃されることはないと判断していいだろう。



Yahooニュース 2016年10月28日 11時38分配信 遠藤誉  | 東京福祉大学国際交流センター長
http://bylines.news.yahoo.co.jp/endohomare/20161028-00063802/

六中全会、集団指導体制堅持を再確認
――「核心」は特別の言葉ではない

 27日、六中全会閉幕時、習近平は集団指導体制堅持を複数回強調した。
 コミュニケに「習近平総書記を核心とする」という言葉があることを以て一強体制とする報道は間違っている。
 胡錦濤も江沢民も核心と呼ばれた。

◆集団指導体制堅持を強調

 10月27日、中国共産党第18回党大会第六次中央委員会全体会議(六中全会)が北京で閉幕した。閉幕に際し、習近平は中共中央委員会総書記としてスピーチをおこなった。
 スピーチにおいて、習近平は何度も集団指導体制を堅持することを強調した。
 その多くは「民主集中制」という言葉を用いて表現したが、「集団指導体制(集体領導制)」という言葉も用いている。
 これまでのコラム「六中全会、党風紀是正強化――集団指導体制撤廃の可能性は?」でも書いてきたように、「民主集中制=集団指導体制」のことである。
 10月27日、CCTVでは、習近平の講話を含めて解説的に六中全会の総括が報道されたが、その中で、「民主集中制」が4回、「集団指導体制」が1回出てきたので、「集団指導体制」に関して、5回も言ったことになる。

 「核心」という言葉に関しては2回使われている。
 このCCTVにおける報道を文字化して報道したものを探すのは、やや困難だったが、たとえばこの報道をご覧になると、(中国語を使わない)日本人でも目で見てとれる。
 後半(最後の部分)には「人民日報」の解説が加わっているので、そこは無視していただきたい。
 前半は習近平が六中全会でナマで言った言葉を報道したCCTVの記録(文字化したもの)である。
 そこには「民主集中制」という言葉が4回出てきており、「集体領導制(集団指導体制)」という言葉が1回、出てきている。

 コミュニケで、わざわざ「民主集中制」や「集団指導体制」を堅持すると言ったとは書いてないのは、それは中華人民共和国憲法で定められていることなので、当然と思ったからだろう。
 憲法を改正して「民主集中制」(集団指導体制)を撤廃するなどということになったら、中国共産党の一党支配は逆に崩壊する。

 だというのに、日本のメディアは一斉に「コミュニケに“核心”という言葉があった」、だから「習近平の一極集中が行われる」「一強体制か」などと書き立てている。
 まるで「集団指導体制が撤廃された」かのような書きっぷりだ。

◆江沢民も胡錦濤も「核心」と呼ばれた

 中でも、27日夜9時からのNHKのニュースでは「核心というのは特別な言葉で、毛沢東とトウ小平にしか使ってない」という趣旨のことを報道していた(録音していないので、このような趣旨の報道、という意味である)。
 それは全くの誤解だ。
 まず江沢民に関して言うならば、「中国共産党新聞」が「江沢民を核心とした中央集団指導体制の経緯」というタイトルで、江沢民を「核心」と呼んだ経緯が詳細に書かれている。
 文革後、毛沢東の遺言により華国鋒が総書記になり、すぐ辞めさせてトウ小平が全体を指揮し、胡耀邦を総書記にして改革開放を進めたが、民主的過ぎるということで失脚し、天安門事件を招いた。
 いびつな形で総書記になった趙紫陽もすぐさま失脚さえられ、天安門事件のあとにトウ小平は江沢民を総書記に指名したわけだ。
 このときに一極集中を図って、何とか中国共産党による一党支配体制の崩壊から免れようとしたトウ小平は、江沢民に「総書記、国家主席、軍事委員会主席」の三つのトップの座を全て与えた。
 そして改めて「江沢民を核心とした集団指導体制」を強調したのだ。
 「江沢民を核心とする」という表現に関しては、列挙しきれないほどのページがあるので、省略する。

 つぎに「胡錦濤を核心とする集団指導体制」に関しては、たとえば、中国共産党新聞(→人民網)が「トウ小平が胡錦濤をずば抜けた核心的指導者としたのはなぜか」という趣旨のタイトルで、胡錦濤を「核心的指導者」と位置付けている。
 この記事が発表されたのが、2015年4月18日であることは、注目に値する。
 つまり、習近平体制になった後にも、「胡錦濤を核心とする指導体制」を強調したかったということである。
 胡錦濤時代の「胡錦濤を核心とする」という表現に関して、すべて列挙するわけにはいかないが、たとえば、2003年6月の「国際先駆導報」には「第四代指導者の核心 中国国家主席胡錦濤」というのがあり、2010年4月の「新華網」は、「胡錦濤総書記を核心とした党中央は…」といった表現が入っているタイトルの記事を公開している。
 また、2011年6月には「胡錦濤同志を核心とした集団指導体制」]というタイトルの記事がある。
 これも探せばキリがないが、江沢民よりもやや少ないのは、胡錦濤政権時代、メディアは、前の指導者の江沢民によって完全に牛耳られていたからである。
 したがって、文革や天安門事件などの特殊な過渡期以外は、「中共中央総書記」は、常に全党員(現在は8700万人強)の頂上に立っているので、常に「核心」なのである。
 そういうピラミッド形式ででき上がっているヒエラルキーこそが、中国共産党の根幹だからだ。

 このような中国の政治の実態を知らずに、なんとしても「習近平が集団指導体制を撤廃して一強に躍り出た!」と言いたい「権力闘争論者」に支配された日本のメディアが、「核心」という言葉を見つけて、鬼の首でも取ったように「ほらね、やっぱり(集団指導体制を撤廃して)一極集中を狙いたいんだ」と煽っているだけである。

◆日本の国益を損ね、国民をミスリードする日本メディアの罪

 このような誤導をする日本のメディアは、日本の国益を損ねるだけでなく、日本国民に災いをもたらす。
 なぜなら、「中国における腐敗の根がいかに深く、いかに広範で、手が付けられないほどになっているか」そのため、「中国の覇権にも、中国経済の成長にも限界が来る」という現実を見逃させるからである。
 腐敗による国家財産の流出は、習近平政権誕生前では、全国家予算の半分に達する時期もあったほどだ。
 全世界に「チャイナ・マネーのばらまき外交」をすることによって、国際社会における中国の地位を高めようとしている中国としては、財源がなくなっていくのは大きな痛手だ。
 これは、日本の外交政策に影響してくる。
 また、腐敗は調査すればするほど「底なしの範囲の広さ」が明瞭になってくるばかりで、腐敗を撲滅することは、このままでは困難だというが実態である。
 中央紀律検査委員会書記の王岐山(チャイナ・セブン、党内序列ナンバー6)などは「100年かけても腐敗は撲滅できない」と吐露していると、香港のリベラルな雑誌『動向』は書いている。
 「大虎」はまだ捕えやすいが、末端の「ハエ」となると無尽蔵にいて、また互いに利害が絡んでいるため、摘発を邪魔する傾向を持つということだ。
 だから「厳しく党の統治を強化する」というのが、六中全会のテーマだったのである。

 日本人にとって、最も重要なのは、
 「中国の腐敗が続けば、中国の経済は破綻し、それは日本経済に直接響いてくる」
ということだ。
 権力闘争説は、日本人の目を、この現実から背けさせるという意味で、日本国民の利益を損ねる、実に罪作りな視点なのである。
 少なからぬ日本メディアに、猛省を求めたい。



Wedge 2016年11月2日 石平
http://wedge.ismedia.jp/articles/-/8115

習近平VS李克強、
6中全会コミュニケから読み取る権力闘争の実態

 先月27日、中国共産党第18期中央委員会第6回全体会議(6中全会)が恒例のコミュニケを採択して閉幕した。
 コミュニケは共産党総書記であり国家主席の習近平氏を「党中央の核心」の指導者と位置づけたことで、習氏への権力集中が一段と進んだのではとの観測が国内外で広がった。

 確かに、「核心」という位置づけは共産党最高指導部における習氏の突出した立場を強調するものであるから、彼の政治的権威を一段と高める意図がそこにはあったと思われる。
 しかし果たして、習氏個人へのさらなる権力集中は今後もスムーズに進むこととなるのかといえば、実はかならずしもそうとは言えないだろう。
 コミュニケの全文を丹念に読めば、それがよく分かる。

■「核心」と同時に習近平に対する批判や牽制も

 習氏を「核心」と位置づけたコミュニケの文面は、冒頭と最後の2カ所であるが、実はその間の部分ではむしろ、習氏という「核心」に対する批判や牽制と受け止められるような内容が盛り込まれている。

 たとえば、党の「民衆集中制・集団的指導体制」に関して次のような言及があった。

 「民主集中制は党の基本的組織原則であり、党内政治生活が正常に展開されることの重要な制度的保障である。
 集団的指導体制の堅持と、集団的指導と個人的仕事分担の結合は、民主集中制の重要な構成部分である。
 いかなる組織、個人は、いかなる状況においても、いかなる理由を以てしても、この制度を違反してはならない」

 ここでいう「民主集中制」とは、レーニンによって発案され、かつてのソ連共産党と今の中国共産党が掲げるところの「組織活動の大原則」である。
 「批判と討論の自由の保障の上に行動の統一を厳守する」
という、かなり矛盾した「原則」であるが、今までのソ連共産党や中国共産党の実際の党運営においては、むしろその都度の政治状況によって、
 「民主」の部分、すなわち「批判と討論の自由」の部分を強調する時と、
 「集中」の部分、すなわち「行動の統一の厳守」を強調する時
がある。

 今回の6中全会コミュニケの場合、「民主集中制」の中身として言及したのは「集団的指導体制」であるから、そこで強調されているのは当然「民主」の部分であろう。
 そして、習近平氏を初めて「核心」と位置づけたこのコミュニケにおいて民主集中制の「民主」を強調することは、まさに習近平という核心に対する警戒と牽制の意味が込められているのではないかと思われる。

 そして、ここでの「集団的指導体制」への言及は、まさに習氏への権力集中に対する牽制そのものなのである。
 「集団的指導体制」とは共産党のもう一つの「組織原則」であり、文字通り、「重要な方針の決定を複数の幹部の合議によって行うもの」との意味合いだが、中国ではとくに鄧小平時代以来、大変な政治的弊害を生んだ毛沢東の個人独裁に対する反省から「集団的指導体制」が強調されてきている。
 集団的指導体制はあらゆる意味において、まさに個人独裁に対するアンチデーゼ
からだ。

 以前の江沢民政権と胡錦濤政権のいずれもそれを中央指導部運営の大原則にしていたが、習近平政権時代になると、独裁志向の強い習近平氏自身の意向によるものなのか、この言葉にあまり言及しなくなった。
 しかし6中全会コミュニケではこの用語を再び持ち出してことさらに強調しているということは、どう考えても「核心」となった習近平氏に対する強い牽制以外の何ものでもない。
 つまりコミュニケは共産党伝統の「組織原則」を持ち出して、彼個人への権力集中と独裁に歯止めをかけようとしているのである。

■「党内民主」は「党の命」

 「集団的指導体制」を強調するこの部分に続いて、コミュニケはさらに、「党内民主」を論じる段落を設けた。
 「党内民主は党の命であり、党内政治生活の積極健全さの重要な基礎である。
 いかなる党組織と個人は党内民主を圧制してはならない、それを破壊してはならない」
とコミュニケは述べているが、普段は「民主主義」を何とも思わない中国共産党が、
 「党内民主」を「党の命」とまで強調しているのは、コミュニケ全体の文脈からすれば、まさに習近平氏の独裁を警戒して予防線を張った意味合いであろう。

 このように、中国共産党の6中全会コミュニケは、習近平氏を「党の核心」だと位置づけて彼に突出した政治的権威を与えると同時に、習氏への権力集中を強く警戒してそれに歯止めをかけようとする内容となっている。
 しかも後述するように、たとえば文中の「集団的指導と個人的仕事分担の結合」に対する言及や、
 「いかなる党組織と個人は党内民主を圧制してはならない、それを破壊してはならない」というような表現は実は、今までの習氏の政治手法に対するあからさまな批判であるとも受け止めることが出来る。

 習氏に「核心」としての地位を与えながら、彼個人への権力集中を警戒してそれを強く牽制する、
 この一見して矛盾するコミュニケの文面は一体何を意味するのか
 もっとも合理的な解釈は、今の中国共産党指導部は決して一枚岩ではなく、
★.習氏を強く推そうとする勢力と、
 彼を強く警戒して彼が独裁者になることを封じ込めようとする勢力
が厳然と存在している
ということである。
 つまり6中全体コミュニケの矛盾した文面は、まさにこの二つの勢力による抗争と妥協の産物であり、反習近平勢力が存在していることの証拠なのである。

 問題は、この「反習近平勢力」が一体誰のことなのかであるが、それはやはり、中国共産党党内で今、国家主席の習近平氏・その勢力と激しく対立している李克強首相と彼を中心とした共産主義青年団派(共青団派)であろう。

 習近平政権になって以来、国家主席の習近平氏と首相の李克強氏の対立は常に注目されてきたが、2人の険悪な関係が明るみに出たのは今年3月初旬の全国人民代表大会開催の時である。
 開幕式のひな壇上、隣席の習主席と李首相は一度も握手せず、会話を交わすこともなく、視線さえ合わせない異様な光景が衆人環視の中で展開された。

 これまで水面下で激しい権力闘争があっても、表向きは和気藹々(あいあい)とした「一致団結」を装うのが中国共産党政権の「良き伝統」であった。
 だが習主席は李首相への嫌悪感をもはや隠さない。
 対立は既に決定的なものとなった。
 その日以来2人の間では、意地の張り合いのような暗闘が繰り返されてきた。

■激しく展開された「地方視察合戦」

 4月15日、まず李首相は名門の清華大学と北京大学を相次いで視察した。
 首相が1日に2つの大学を視察するのは異例だが、厳しい言論弾圧で知識人を敵に回した習主席に対抗して人心収攬(しゅうらん)に打って出たのではないだろうか。
 そして5日後の20日、今度は習主席が迷彩服を着て人民解放軍の連合作戦指揮センターを視察した。
 共産党の最高指導者が戦時の迷彩服を身につけるのは前代未聞だが、タイミング的には、大学を視察した李首相に対し、「あなたが知識人を味方につけるなら、私は軍の支持を受けているぞ」というメッセージを送ったのではないかと考えられる。

 2人の暗闘はさらに続く。
 4月24日から26日まで、李首相は四川省を視察した。
 首相はかつての四川大震災被災地の農村を訪れたり、都市部の自由市場で民衆と会話を交わしたりと、いわば「親民指導者」としてのイメージを演じてみせた。
 そして彼の四川視察が始まる24日という同じ日に、習主席は安徽省へ赴いて地方視察を開始した。

 中国の国家主席と首相の両方が同日に中央を空けて地方視察に出かけるとは、それこそ異例中の異例である。
 どちらかが相手の予定を事前に察知して、わざとそれにぶつけたのだろうと解釈するしかない。
 習主席は安徽省視察においても、李首相が視察した農村以上に貧困な山村を訪れて民衆の声に耳を傾けるというパフォーマンスを演じてみせた。
 民衆への人気取りにかけては絶対負けないという習主席の意気込みが強く感じられた。

 この「地方視察合戦」からまもなく、中央の北京でまたもや大珍事が起きた。
 今月6日、李首相は中央官庁の「人力資源・社会保障部(省)」を視察し、「就業工作」に関する座談会を開いた。
 首相として当然の仕事だが、おそらく李首相自身も驚いたであろう。
 同日、同じ北京市内で、「人力資源」をテーマとした別の座談会が党中央によって開かれたのである。
 それは、「人材発展体制の改革」に関する習主席の「重要指示」を学習する名目の座談会で、劉雲山・政治局常務委員が主催した。
 李首相が「人材問題」の所管官庁を視察して座談会を開いた日、この所管官庁を差し置いて党中央主催の別の「人材座談会」を開くことは、どう考えても「異常」というしかない。
 明らかに、習主席サイドからの、李首相の仕事に対する嫌がらせと言えるだろう。
 このように、習主席と李首相との政治闘争はもはや「暗闘」の域を越えて明るみに出ていたのである。

 そして李首相サイドからすれば、習主席のこうしたやり方は、首相としての李氏の管轄分野に対する過剰な介入となっているが、まさにこのような背景があったからこそ、前述の6中前回コミュニケにはわざわざ、「集団的指導と個人の仕事分担の結合」の一文を入れて、習主席の手法を暗に批判したと同時に、首相の立場を守ろうとしたのであろう。

 実は習主席の李首相の職務遂行に対する「妨害行為」は外交の分野にも及んでいる。
 中国の場合、首脳外交は本来、国家主席と首相の二人三脚で展開していくものであるが、習近平政権では、
★.習主席は首脳外交を自分の「専権事項」にして、国際舞台で「大国の強い指導者」を演じてみせることで自らの権威上昇を図った。
 一方、本来なら首相の活躍分野の一つである外交において李氏の権限と活動をできるだけ抑えようとした。
 その結果、たとえば今年の上半期において、習主席自身は7カ国を訪問して核安全保障サミットや上海協力機構などの重要国際会議に出席したが、同じ時期、李首相は何と、一度も外国を訪問しなかった。

 そして習主席は就任以来すでに2回にわたり訪米したのに対し、李氏は2013年3月に首相に就任して以来現在に至るまで、首相としてアメリカという国を公式に訪問したことは一度もない。
 国家主席と首相との格差があるとはいえ、李首相の外交活動はかなり制限されていたことが分かる。

■李克強の外交面での活躍がクローズアップされる

 状況が大きく変わったのは、今年9月に入ってからである。
 同7日から、李首相はラオスを訪れ、中国・東南アジア諸国連合(ASEAN)(10+1)首脳会議、東アジアサミットなどの一連の国際会議に出席した。
 その中で李首相は、合従連衡の外交術を駆使し、中国のアキレス腱(けん)である「南シナ海問題」が焦点として浮上するのを封じ込めるのに成功した。

 その直後から、中国国内では、新華社通信と中国政府の公式サイトを中心にして、李首相の「外交成果」に対する賞賛の声が上がってきた。
 「李首相は東アジアサミットをリード、中国は重大勝利を獲得」
 「首相外遊全回顧、外交的合従連衡の勝利」
など、李首相の帰国を英雄の凱旋(がいせん)として迎えるかのような賛美一色の論調となった。

 今まで、外交上の「成果」や「勝利」が賞賛されるのは習主席だけの「特権」となっていたが、今夏までの数年間、首相としての外交活動すら自由にならなかった李氏がこのような待遇を受けるとはまさに隔世の感がある。

 その間に一体何が起きたのか。
★.1つの可能性として推測されるのは、今年8月に開かれた恒例の「北戴河会議」において、
 習主席の内政・外交政策が各方面からの批判にさらされ、習氏の勢いがかなり削(そ)がれたのではないか。

 だからこそ、9月になると、習主席の腹心である天津市の黄興国党委員会書記代理が突如失脚させられ、同じ時期に李首相の外交的活躍がクローズアップされた。
 そして9月21日から人民日報は、李首相の後ろ盾である共産党元総書記、胡錦濤氏の「文選」の刊行を記念して、胡氏を褒めたたえる文章を連続3日間、1面で掲載した。

 つまり、李首相の「外交復権」の背後には、今まで習主席との権力闘争においてやや劣勢に立たされた共産主義青年団派の勢力が、例の「北戴河会議」を経て再び勢いを巻き返してきたことがあったのではないかと思われる。
 10月27日に閉幕した前述の6中全会で発表されたコミュニケが、習近平氏への権力集中に対する警戒と牽制を露わにしたことの背後には、まさに習氏と対立している李首相と共青団派勢力の強い抵抗があったのであろう。

 もちろんそうは言っても、李首相たちは結局、習氏を「核心」と位置づけることを阻止できなかったから、当面の政権内の政局においては、習氏勢力は依然として優位を占めていると言ってよい。
 だが来年秋の十九回党大会に向けて、この二大勢力は今後、より激しい権力闘争を展開していくこととなるだろう。





●福島香織【調べてわかった中国の実態】恐ろしい習近平の権力闘争。日本では考えられない就職倍率。衰退する中国経済。日本人でよかった。
2016/10/26 に公開







【身勝手な大国・中国】



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